2005年04月17日

東京でホメオパシーとプッサパー宴会

心配していたエアインディアですが、1時間くらいの遅れで無事に飛びました。でもぜんぜん飲み物のカートが来なくてびっくりした。煩くなくて良いとも言うけど。

飛行機の中で寝て、そのままホメオパシーの学校へ行こうという計画でしたが、タイに居る間、ぜんぜん!宿題が出来なくて、慌てて飛行機の中でケース分析をしました。泥縄。イオは、飛行機に乗ったら、あっという間に寝て(12時過ぎだから当たり前か)成田に着くまで食事もせずにぐっすりでした。

無事にimasaに会うことも出来て(詳しくはイオ日記をご参照下さい。)私はそのまま、ハーネマンの授業へ少し遅刻をして参加。

昨日の朝からずっと一日が続いているようで、非常に現実感が薄い。タイボケ。っていうか、まだどこか一部がバンコクに居る感じです。
授業後、7期の皆でいつもどおりにのみに出かけ、でも1時間くらいで私は新橋へ。

タイマッサージの学校の先生方が日本へ来ているのです。
一昨日会ったばかりの先生たちにまた東京で再開できるのが思いのほか嬉しい。
3年前に学校であってふっとマッサージのコースが一緒だった男性とも再開できて非常に嬉しかった。ホメオパシーの話で盛り上がる。
朝までおしゃべりしていたかったけど、明日もハーネマンの授業があるので、泣く泣く終電で帰宅しました。

2005年04月15日

さよなら、タイ。

いよいよ、アパートを引き払う支度をしなくてはなりません。朝から大掃除。イオもはりきって洗面所のタイルをブラシでお掃除してくれています。頼もしいです。雨降りじゃなくて良かったです。シーツなどの大物が乾かなかったら悲惨ですからね。

午後はお出かけ。イオ日記に掲載されていたように念願のアイスクリームを食べてご機嫌のイオ。

夕方アパートに戻ってパッキング。どうしてこんなに荷物が増えているのか。なぜ籠が3つもあるのか。相変わらず自分の物欲の深さを嘆き、自分のパッキング能力の高さを感嘆しました。ずっとバスで空港まで行こうと思っていましたが、バス停まで徒歩15分はかかると思うとちょっとその距離を歩くのが無理、ということにアパートを出て、歩き始めたところで納得し、路地を出たところでタクシーを止めました。
夜タクシーに乗るのは、危ないと言われていたけれど、まーいいや。親切なタクシーに出会えて、260バーツで着きました。よかった。

チェックインして、お約束の空港パブで最後のビール。イオはサンドウィッチ。なんか慌しい4週間でした。私の体内時間的には3ヶ月くらいいないと落ち着かない感じです。

2005年04月14日

また動物園

あちこちぶらぶらしているうちに、あっという間に4時です。出てくるのが遅かったですからね。今日はもう、ここでのんびりして、バスで帰ろうと思っていましたが、イオは昨日の動物園での約束を忘れていなかったようで「今から動物園へ行く」と言い張ります。「もう行っても動物園はしまっている時間だと思うよ。それでもがっかりしない?」と言っても「一応、行ってみたい」というので、行くことにしました。

お寺から王宮の脇を歩いて、王宮前広場にある停留所まで行きました。途中で水をかけられまくったのは、いうまでもありません。泥も塗られました。でも母子だというせいか、非常にジェントルな感じで「お約束だからね」という感じで泥を塗って、その後必ず「コップン・クラップ」と言ってくれるので嫌じゃなかったです。

さて王宮前広場は、さながらアースガーデンかはらっぱ祭りかといった風情で、人がいっぱいで舞台もいくつも設置してあります。路上も、物売りでいっぱいです。その混雑の中を、とりあえず戦勝記念塔へ行くバスを見つけて乗り込みました。

s-sonkran5.jpg動物園の門の前に着くとイオは目ざとく昨日のメンバーを見つけて大喜び。走って行って、早速、参戦していました。皆も喜んで私たちを迎えてくれました。ひとしきり帰る人たちに水をかけて、やがて閉園時間になりました。そろそろ帰ろうとしましたが、イオはまだまだ続けたい様子です。それを察してくれたのか、外で続きをやるからおいで、とバイクに乗せて塀の外の給水所まで連れて行ってくれました。メンバーは全員そこに集まって、今度は道を行くバスやトラックに水を掛けまくっています。イオも大喜びでバスに水をかけています。

ピックアップトラックがやってくると、一人の男性が笛を吹いてこちらに誘導して、そこで水掛合戦です。そこまでして水を掛け合わなくてもいいんじゃないかとおもいますが。もう夕方だし。疲れを知らない皆さんです。空のバケツを太鼓代わりに、歌や踊りで盛り上がりつつ、ビールを飲んで、道行く人たちに水をかける。なんて楽しい1日でしょうか。

だんだん暗くなってきたので、いよいよ帰ることにしました。名残惜しいですが、お別れです。良い経験をさせてもらいました。「お兄ちゃんたちにお別れだよ。」とイオの手を引いてそこを去ろうとすると、イオは、しょんぼりした顔で振り返り、振り返り、なかなか歩きません。それに気がついたお兄さんが「また明日ね。」と言ってくれると、言葉はわからないはずなのにイオの顔がぱっと明るくなって、バイバイと手を振って別れました。そして「お兄さん、なんて言ってたの?」としきりに私に聞きます。「明日もやっているよ」って言ってたよ。「でも、明日はもう来れないからね。」

お寺へ

昨日の夜、帰宅が遅くなってしまったので、今朝はゆっくり過ごしました。洗濯をしたり、掃除をしたり、あれこれ雑用。イオは、ハンモックで家族ごっこをしています。

お昼近くになってから、お寺へ出かけることにしました。今日は、ソンクランが一番盛り上がる日だそうなので、用心してイオは水着仕様で出かけることに。これならどんなに濡れてもすぐ乾くでしょう。ビニール袋に着替えを包んで鞄の奥にしまいました。

今日もバスで出かけようとバス停まで歩く5分ほどの距離の間に、路上からと走り去る車から、思いっきり水をかけられました(涙)。服が乾きやすいようにと冷房無しのバスを選んで、でもそれがとっても混んでいたので「乗せてもらえるのかな?」と遠慮がちにバスに近づくと、イオの水鉄砲とびしょぬれで遠慮がちな私たちを見て「いいの、いいの。今日は、ソンクランなんだから。皆もう濡れているのよ。」と言って(←9割がた想像。たぶんそんな感じ)、私たちの手を引っ張りあげてくれました。なるほど。ぎゅーぎゅー詰めのバスの中は、びしょぬれの人でいっぱいでした(笑)。

めちゃくちゃ混んでいるバスだったので、車掌さんが座っている人に声をかけて、イオのために席を作ってくれました。子供天国。おかげで私も恩恵にあずかれます。窓辺で風に吹かれて気持ちよく座っていると、あっという間に水掛の団体がやってきて、ばしゃーっとやられます。歩道側に座ってないから安心だと思っていた私が甘かったです。車道側には、ピックアップ車がやってくるのです。それも今日は、台数が多いみたいです。信号待ちで隣り合ってしまったりすると最悪です。今日は、イオも車内から応戦しているので(イオだけじゃなくて、何人か水鉄砲持ちの乗客がいました。)、ますます水をかけられてしまいます。楽しいけど、とほほ。

ワットポーへ行く手前の民主記念塔付近は、派手にソンクランの飾りがしてありました。龍が水を吹いているのとか、まるでねぶた祭りの山車みたいです。音楽も大音量で流れています。舞台も作ってあって、派手に噴水を吹き上げています。夜には、いろんなイベントをやっているのでしょうか。ライトアップされたらさぞかし綺麗なことでしょう。

ラブパレードみたいに車にスピーカーを積んで荷台でびっちり乗った人たちが踊りながらやってくるトラックとかもあって、もう何が何だかわかりません。
このあたりでバスは渋滞。ピックアップトラックの群れと泥の入った器やバケツを持ってうろつく人たちの群れでいっぱいです。時々、バスも襲われるので、ただ座っているだけなのに、もう全身ぐっしょり濡れることとなりました。笑う。とにかくすごいのはわかりました。

s-sonkranwat1.jpgお寺にやっとたどり着くと、そこは、まったりした世界。ただお正月同様に、お祭り仕様になっていました。食べ物屋さんなどの出店が境内に出ていて、架設舞台の上では、子供芸能ショーが行われています。イオは、舞台に張り付いて子供の歌や踊りを観ています。とても興味を引かれているようで「子供なのに上手だね~。あ、お金もらっているよ。」とか言って夢中です。お腹がすいたので「何か食べに行かない?」と声をかけても「おかあ、行ってきて。イオはここで観ているから。」といって離れません。食べ物屋台は、すぐ隣なので、そこをぶらぶらして、玉子焼きご飯とか鳥唐揚げとか買い込んで、私は後ろのほうで座って食べていました。イオは、舞台の人が交代する隙に私のところへやってきて、私の食べていたご飯をもらって食べましたが「あの子上手かったねー。」とか言いながら、またすぐ「イオ、前のほうで観てくるから。イオの食べ物も何か買っといて」と言って舞台前に行ってしまいました。イオがこんなに芸能好きだったとは。

最後に十代の少女がタイダンスを踊ったところで、舞台はいったん休憩に入ったようです。境内のマッサージ場が開いていたので「ヌン・マッサージしてもいい?」と伺ってみましたが、却下されました(涙)。非常に残念です。境内では他に、お坊様によるお経などが行われており、お布施をすると、外にしつらえた高い台座に座ったお坊様が直接、聖水をかけてくれて、お経を上げてくれるのです。ありがたし。

2005年04月13日

濡れて帰る

親子で頭からつま先までぐっしょり濡れて、どうやって帰ったらよいのでしょうか(苦笑)。初日から、こんなに飛ばすつもりは無かったのですが。とりあえず乗せてもらえそうな冷房無しのバスを選んで戦勝記念塔まで戻りました。今度は、バスを狙われてもイオは勢いよく、バスの中から応戦して車掌さんに喜ばれました。

戦勝記念塔は、とんでもなく大きなロータリーなのでバス停を見つけるのも一苦労です。暗くなってきて、おまけに水を掛け合いながらバス停を見つけようとしましたが、なかなか見つからなくて、そのうちイオも「足が痛くて歩けない」とか言い出したので、タクシーに乗ることにしました。

「伊勢丹前にあるビックCまで」と言うとタクシーの運転手さんはよくわからなかったみたいだけど「とにかく乗って」といわれて乗り込み「セントラルワールドのビックC?」とか言われて「そうそう。ワールドセンター前のビックC」と答えました。でもちょっと走っている道が違うみたいなのです。ん?と思っている間にびゅーっと走られて、ついたところがセントラルデパート。しかもチャトチャック近くの(苦笑)。「ほらね。ビックCが見えてきたでしょう。」といわれてみると確かにセントラルデパートのマークの「C」が大きく見えます。疲れていたので、とても悲しかったです。でも心の中では「ネタゲット」と思わないでもありませんでした。

ここからまたBTSの駅を探すのは、もう嫌だったのでもう一回、タクシーに乗ることにしました。私は何をやっているのでしょうか。暗くなってからタクシーに乗るのは少し怖いので、できるだけ優しそうな車を選びました。窓に思いっきり泥でハートマークをいっぱい描かれっぱなしな車を見つけて、ドアを開けると優しそうな顔をしたお兄さんだったので、行き先を告げて(今度はタイ語でも確認して)車に乗りました。

本当に良い運転手さんに当たったようで、ここまで来たのとほとんど同じ値段でビックCまで行き着いてしまいました。しかもちゃんとお釣りもくれたし。良かったです。

家に帰りたくないイオの強い要望で、ビックCでのぞいて、MKで鍋を食べました。帰りはとても遅くなってしまいましたが、イオは最後までずっと「今日が一番楽しい日だね!」と機嫌が良かったです。

動物園

今日は、前から動物園へ行くことになっていました。そうイオに約束させられていたのです。今日からソンクランのお祭りです。実際には、週末から観光用のイベントなどは始まっていて、昨日くらいから繁華街では夜など水を掛け合っているそうですが、正式には今日から3日間がお祭りです。

子供連れだと繁華街は危ないそうなので(人出がとにかく多いことと、過激なことをする若者もいるそうなので)、今日は動物園でのんびり過ごすことにしました。

一応、心配なので(笑)乾きやすい服装を選びました。そしてイオは水鉄砲のタンクを背中にしょっています。本当は鞄類を持っていかないほうが良いそうなのですが、動物園だから平気だろうと思って、カメラや地図などはビニール袋に包んで、鞄に入れました。

動物園に行くのはスクンビットからは、ちょっと面倒です。いろいろ考えましたが、街の様子も見たいので、バスで出かけることにしました。バス停で待っている間にも、ピックアップトラックの荷台にのった若者たちが歩道にいる人や、行きかう車に水をかけています。荷台には大きな水の入ったタンクも載っているのです。水で溶いた白い泥もまき散らかしています。ひー。

バスに乗っていても、歩道で基地を作って待ち構えている人たちや、車の荷台で水を撒いている人たちから、水をかけられます。窓の開いている冷房なしバスに乗ったので、バスに座っているだけで濡れます。バスの車掌さんが、タンクをしょっているイオに「ほら、やり返さないと!」とあおっています。でもイオのタンクは空っぽなのです。まさかこんなことになろうとは思わなかったので、「動物園で水をいれて遊べばいいよ」なんて暢気なことを言っていました。

戦勝記念塔のロータリーでバスを乗り換えて、動物園へ行くといつになく混雑しています。やっぱり連休には動物園って相場が決まっているのでしょうか。園内でも水鉄砲が売っていますし、水鉄砲をもった子供がたくさんいます。イオは、それを見たらそわそわしだして、動物見学どころではありません。いちおー、きりんと象を見て、それからかばを見ようと思ったところで、噴水で遊んでいる子供たちを発見!入り口のトイレでタンクに水は入れていたので早速、参戦していました。

水掛合戦噴水の水で給水が出来るので、そこには子供たちが何人も溜まって水を掛け合っています。大人も何人か一緒になって遊んでいます。「おかあさんも一緒にやって!やらないと水かけられちゃうよ」と言われて、私も参戦。あっという間にずぶ濡れです。

さんざっぱら遊んで、ちょっと休憩しようと麺を食べてお昼にしました。動物園の中には食堂もあるし、コンビニもあるし、KFCもあるしで至れり尽くせりです。値段も全然高くないし、味も美味しいです。その上、あちこちに果物や焼き物の屋台が出ているし、園の柵の外の屋台からも柵の隙間からいろいろと買うことが出来ます(笑)。

ちょこちょこおやつを買い食いしたり、道行く子供たちを水を掛け合ったりしながら、ついでに動物も見るという感じで、園内を歩き回りました。そうしていたらなんと!象が!道行く人に水をかけていました。

象ソンクランのイベントで子供向けの工作教室をやっていましたが、その隣では、4頭の象が綺麗にペイントされて、子供たちと水を掛け合っていました。もちろん、象使いが乗っていましたよ。でもびっくり。イオも恐る恐る象に水をかけていましたが、慣れた頃に、いきなり気付かないうちにすぐ傍に象がいてうろたえて逃げ回った先にも象がいた!という大パニック状態になって、それからは「怖い、怖い」と泣き出してしまいました。「象は優しいんだよ。絶対にイオの嫌なことはしないよ」と言っても「大きいのが怖いの!」と逃げ出してしまいました。象に触りたい放題、水掛け放題のチャンスはめったにないのに、残念なことです。

オウムちょうど動物ショーが始まるところだったので20B払って、見てみることにしました。主に鳥が主役の30分ほどのショーなのですが、とても楽しかったです。最後に子供たちは皆、オウムを肩に乗せて記念写真を撮っています。イオも近くまで行きましたが、怖がっていたので、お兄さんが一緒に写ってくれました。それでもオウムには興味があったようで、最後まで残ってジーっと見ていました。最後には、オウムをなでたりすることが出来て、満足そうでした。

年長になったら、象にも触れるし、オウムも肩に乗せられるんだ。タイでもうすぐ年長になるでしょう。そうしたら、また来よう。」なんて言っています。お休みが終わったら、またバーンラック幼稚園に戻るつもりのようです。でも、もうすぐはらっぱ園に戻って、はらっぱが長いお休みのときにバーンラックに通うとも言っています。イオの中のカオス。

そろそろ帰ろうかと出口に向かうと、出口のところでも水の基地を作って水掛をしている一団がいました。大人も子供も合わせて10人くらいが、出て行く人たちに水を掛け捲っています。イオも勇んで行って、水を掛け合っていました。

また水掛合戦またまた水掛合戦
私は少し離れたところから、写真を撮ったりしていましたが、そのうちそこまで遠征されて、背中からジャバーっと水をかけられました(涙)せっかく乾いてきたのに。イオは、大喜びで水掛に熱中しています。もう池で泳いだみたいにぐっしょり濡れています。どうやら知り合いのおまわりさんもずいぶん手前から、無線とか手帳とかを奪われてずぶ濡れにされていました。(ふつーのおまわりさんはかけられていませんでしたよ。)制服の美少女たちも特に狙われていたようです。「帰ったらお母さんに怒られるんじゃない?制服なのに濡らしてって」とイオは大笑いしています。気がついたらイオも一緒になって、帰る人たちに水をかけています。

私も、道端に置いていたリュックを「置いておいてあげるから」と入り口の小屋にしまってもらって参戦。私はまったくタイ語を理解しないので、片言の英語で「どこから来たの?」とか「娘さんいくつ?」とか話をしたり、おやつをもらったりして、楽しい時間を過ごしました。

夕方になってきたので、そろそろ退散。「明日も来てね。ここにいるからね。」と念を押されて、お別れしました。

2005年04月12日

水鉄砲を買いに

今日は、ジャスコとカルフールとロビンソンの3軒が並んでたっているという、スーパー好きにはたまらない場所へ行きました。しかも地下鉄の駅もすぐ傍に出来て便利です。

イオの目的は、とにかく水鉄砲。昨日から、もうそのことばっかり話をしています。イオの心を見透かしたように、店の中にも店の外にも水鉄砲の売り場があります。早速、ひとつお気に入りを見つけて購入。「いろいろ見てから、買えば?」と言っても、イオはいつも目先の欲望が最優先です。ぜんぜん先のことなど考えていません。それで後悔することも多し。まるで高校の時に漢詩で習った猿みたいです。「朝、三にして夜、四にせん。」とかいうの。

imasaも私の母もわりと直感型の買い物をします。これがいい。と思ったら、すぐに買っちゃう。私は、良いものを見つけても、他と比較検討した結果、それでもそれが欲しかったらそれを買います。だから時間がかかるし、それを実に無駄な時間、と母からもimasaからもよく言われます。イオと暮らすようになってから、そうそう比較検討も出来ず、その場で購入することが多いです。でも結構、不本意な気持ちを抱えることも多いです。もしくは、また後日買いに来ようと思っていても永遠にこれないとかいうことも多いです。

ざっと店を見ましたが、心惹かれるものは無かったなので、ちょっとがっかり。お昼を食べて引き上げることにしました。私が目をつけていた水鉄砲は3軒とも売っていなかったので、いつも行くカルフールへ寄ることにしました。

イオは、ずっと水鉄砲をいじくっています。「あんまりいじっていると、プラスティックだから割れちゃうよ」と注意したけど「大丈夫。気をつけているから」と聞く耳を持たず。

地下鉄でラマ四世どおりまで出て、そこからバスに乗ってカルフールへ。水鉄砲売り場へ行くと、そこはすでに戦いの後といった風情です。私が目をつけていた水鉄砲のコーナーは、残骸しか残っていません。なんとか残骸をかき集めて、望みどおりの物を購入できました。いやー皆、気合が入っています。イオは、私が買った水鉄砲を見て大興奮です。

早速、店の前で遊ぼうと水を入れようとしたら、案の定、イオの買った水鉄砲は角が割れてしまっていて、水が漏れます(涙)。イオは「気をつけて触っていたもん!」と言い張っていましたが、いずれにしても使いものにはなりません。一度も使われずに数時間の命でした。23Bだったのが、せめてもの救いです。

私が購入した水鉄砲は、背中に水のタンクを背負う形のもので、そこからポンプ式の水鉄砲か、銃の形をした水鉄砲をつなげることができるようになっているものです。銃の形のものは、それだけでも独立して使えるので、それを二人で分けて使うことにしました。

夕方になってきたので、実験は明日ということにして、バイタクでエンポリアムまで出かけました。海に行った時に車でかかっていた音楽が気に入って、そのCDを探したいのです。すぐに見つかりましたが、300Bとちょっと高いので(タイのPOPSだったらその半額です。)いったん、諦めることにしました。

エンポリアムのフードコートで夕食を食べて、帰ろうとしたところで学校でご一緒したYさんにばったり会いました。「今日は、よく知合いに会う日だなあ。」と言っていました。ちょっと世間話をしてすぐに別れましたが、それでふと、彼が今日初めて口を利いた大人であることに気がつきました。話しているときに、「明日一緒に夕食でも?」と誘うことを考えましたが、イオの面倒を見させてしまうのが悪いかなあ、と思って遠慮しました。子連れって寂しい。というか、それ以前にワシが誘われてないのか。

地下鉄に乗って

さて今日は、初めて地下鉄に乗ってみようと思います。その前に父親へのお土産に薬酒を買って帰ろうと教えてもらったsoi33まで歩いて探索してみましたが、見つけられませんでした。もしかしたらsoi22だったか?あまりにも暑いので、あっという間に諦めて地下鉄の駅まで歩きました。距離にしたらたいしたこと無いのですが、とにかく暑くてへばりました。たぶん今日は、今までで一番暑い日じゃないかしら。ソンクランの時期をなめてました。イオも暑いとぶーぶー文句を言っています。

やっと涼しい地下鉄の駅にたどり着いて一息。まだまだ新しいぴかぴかの駅です。自販機で切符を購入すると、プラスチックの丸いトークンが出てきました。それを改札に通すのですが、トークンをカードリーダーにピッと当てるだけでよいのです。降りるときには、改札にコインを入れるところがあって、そこに落とします。

2005年04月11日

今日もベジタリアン料理

のんびりと近くのバス停へ歩いてバスを待ちました。ちょうどスクンビットへ行く青バスが来たので乗り込みました。冷房バスじゃなかったのが良かったみたいで、イオもすぐにウトウトと涎をたらして寝てしまいました。ちょっと排気ガス付きでも窓から入る風のほうが冷房よりもずっと気持ちが良いのです。

家の近所に来ても起きなくて、しかたなく起こしてバスを降りました。ボーっとしているイオ。レストランでチャーハンが食べたいと言うので、近所の屋台に寄ろうとしたら、どうやらトイレに行きたいらしく、しかたがないのでベジタリアン中華の店に入りました。

「青菜ときのこの炒め」と「きのこと野菜のスープ」と「海鮮チャーハン」を頼みました。お味は、う~む。胡椒辛いのが失敗でした。これがタイでの落とし穴なんですよね~。辛いメニューをはずしても、胡椒が入っていたりするのです。チャーハンは大丈夫でした。が、ベジタリアン海鮮だったので(私も頼むとき変だなーとは思いましたが)、貝と海老は入っていましたが、あとはカニかまぼこと竹輪が入っていました。やられました。カニかま。野菜もたくさん入っていたので、イオは喜んで食べていましたが。「やったー、イオの当たり。竹輪はいってるもん。」とか言って。

チャーハンは、ほとんどイオが一人で食べてくれたので助かりましたが、野菜炒めとスープは私がほとんど食べる羽目になりました。帰りにビールのつまみに赤貝と野菜炒めでも屋台で買って帰ろうかとか思っていましたが、もう食べられません(涙)。

まー、こういう日もありということで195Bも(と感じられる。安いですけどね。)払って店を出ました。

今日は、おだやかに家に帰るとすぐにシャワーを浴びて、お祈りとお話で眠りにつくことが出来ました。良かった。

ワットポーでのサムンプライ

じっくりと寝釈迦を堪能した後に、お約束のマッサージ場へ行きました。今日はサムンプライを体験したいのです。日本だとハーブ玉マッサージとか呼ばれているものです。マッサージ場もがらがらで、扇風機の回る中でゆったりと過ごすことが出来ました。

イオは、途中から「外で遊んできてもいい?」と言って外へ遊びに行きました。ちょっと心配だったけど、観光客はほとんどいなかったし、外で大勢のマッサージ師さんたちが涼んでいたので安心かなと判断。それは間違っていなかったようで、マッサージが終わるとお姉さんに連れられて、水のボトルを抱えて笑顔で戻ってきました。お水を買ってもらったようです。ありがたし。

サムンプライの様子を写真にとっておこうと思っていたのですが、くつろぎすぎて出来ませんでした。いつもそれで失敗しています。

ワットポーでのマッサージは、本当にお勧めです。今まで何度も来ていますが、絶望的に外れのマッサージ師さんには出会ったことがありません。そして何より良いのは、冷房の個室ではなくて、扇風機の回る大部屋でのんびりとマッサージを受けることができると言う点です。

冷房で冷えた体をこうして熱々のハーブ玉で温めてもらうと、本当に気持ちが良いのです。ただ残念なのは、やっぱりちょっとスピードアップしている気がすることです。比較的ゆったり目ではありましたが、昔に比べると確実にスピードアップしています。

サムンプライも昔は、体中黄色くなったのに、数年前からはそうではないのです。ハーブの内容が違っています。気持ちも良いし、良い香りですがウコンの黄色がからだに残らないと、ちょっと物足りないです。

まあ不満点は、いくつかありますが、それでもワットポーでのマッサージはお勧めします。観光客でも安全に安心して簡単に、比較的程度の高いマッサージを受けられることは、とってもよいことだと思うのです。扇風機の風に誘われて、うとうとしてしまった私でした。

ワットポー

船に乗らせてあげようと思って、そこから船でワットポーへ行くことにしました。

4年半前に初めてイオがタイに来たときにワットポーの猫(虎?)に乗って記念撮影をしたので、それと同じところで写真を撮ろうという目論見です。3年前にはそれが出来ずに残念でした。

船に乗るのをイオは最初怖がっていましたが、いざ乗ってしまったら結構、景色を楽しんでいました。すれ違った船にお坊様の団体がいるのに気がつくと、なぜか大喜びしていました。お坊様好きなのでしょうか。

船着場からマッサージ場近くの入り口まで歩いて門を入って、少し境内をお散歩しました。「大きな寝ているお釈迦様がいらっしゃるんだよ。」というと「それって本当の人間?それともこんなふうな(と近くの石像を指差して)石で作った人?」とビビリながら聞くので「作り物だよ。」というと安心して「じゃあ、見てみたい。」と興味を示すので寝釈迦見物へ。

s-budda1.jpg

午後の遅い時間帯のせいか人も少なく、のんびりと見学できました。予想を超えた大きさにイオも本当に驚いて、でも嬉しかったみたいです。ソンクランのせいか、お線香を上げに来ているタイの人たちが結構いました。

寝釈迦の周りを一周した後も「また見たい」というので、もう一周しました。一体、寝釈迦の何がイオの心を掴んだのでしょうか。いや実際、私も大の寝釈迦ファンなのですがね。アユタヤの外で寝ているお釈迦様を見せに連れて行ってあげたくなりました。


また外を散策しながら、例の虎(猫?)を探し、事情をイオに話して、そこで記念撮影。イオは「イオは、もうこんなに大きくなったから、立って写真も取りたい」ということで背中に立った姿でも写真も撮りました。
虎と記念撮影4年前の記念撮影


その像があるまわりをじっくりみてみたら、なんと!それはルースィダットンの像がいくつも彫られていたのです。偶然とはいえ、なんだか感動しました。感動のあまりダットン像をいくつも撮影。
ダットン像によじ登るイオ

調子に乗ったイオがダットン像によじ登って、私に怒られました。まー、虎とダットン像と確かにそんなに違いが無いと言えば無いので、そもそもそんな撮影企画をした私が間違っていたのですが。

鉱石屋さん

今日は、帰国便のリコンファームのためにシーロムまで行く予定です。エアインディアのオフィスは、通り沿いの1Fにあって、おまけにガラス張りだったのですぐに見つかって助かりました。あっというまにリコンファームを済ませて、またもや麺でお昼ご飯を食べました。いつもの組み合わせとライムジュースです。

その後、ガイドブックに載っていた鉱石屋さんへ行ってみることにしました。この店は、原石などが販売されているということで、もしかしたら紫水晶の塊とか売っていないかなーとか期待して。古びた店内には、タイや諸外国から取材を受けたコピーがいくつも貼ってありました。有名な店なのでしょうか。小さな店内には、いろんな鉱石がいっぱい展示してありましたが、私的に心惹かれるものは、余りありませんでした。

イオが、水晶の塊に目を引かれていたので、小さいけど綺麗な結晶のものを探して買ってあげることにしました。隕石も売っていたので、「これがいいんじゃない?」と薦めてみましたが「まだ火が燃えるかもしれないから、怖いからやだ。」と言われました。隕石が何か知っているんだ。へー。じゃ、おとうのお土産ということで。「それならいいよ。おとうきっと喜ぶよ。こういうの好きだよ。」と受け入れてもらって、2つの石を購入しました。

鉱石屋さんで記念撮影お店のおじいちゃんが、とても親切にしてくれたので、イオと一緒に写真を撮ってもらおうと思ったけど、イオが尻込みしたので断念。店内での記念撮影にとどまりました。とてもよいご夫婦(だと思う。)がやっている店で、好感が持てました。石好き。に悪い人なし?

おーむよりメール

午前中は、洗濯をしたり、部屋の片づけをしたり、PCに向かったりの雑用で過ごしました。イオは、ハンモックで家族ごっこ。

メールをチェックしたら、おーむから朝の4時にメールが来ており

「イオとの外出は、運動会に参加するようなものですな。さっきまで寝込んでいました。これから荷造りをして、朝になったら空港に向かいます。」
とのこと。昨日のイオは、特に壊れたみたいにハイテンションだったとはいえ、おーむには申し訳ないことをしました。でも私にとっては非常にありがたかったです。本当は、もっとじっくり子無しで話が出来たらよかったけど、きっと後数年でかなう願いなのでしょう。であって欲しい。

おーむからのメールには、他に私がちょっと話をしていた「日帰り海遊び」と「夜の空港行きにタクシーが怖い。」ということのリサーチ内容が書かれており、感謝いたしました。ありがとう~~。これもimasaがおーむに貢献してくれているおかげだろうか。嬉しいなあ。皆、ありがとう。ワシって幸せもの。

復活

朝、すっきりと目が覚めました。非常にいい感じです。久しぶりに、ちゃんと寝た感じがしました。

ずっとなんだか全然、眠れてなかったんですよねえ。暑くて眠れないのかとも思っていましたが、そうじゃなかったみたいです。夕べも暑かったけど、ちゃんと眠れました。とても印象的な夢を見たので、後でじっくり受け止めてみたいと思います。

昨日、おーむと会っておしゃべりできたのが良かったんでしょうか。私にとっておしゃべりが最大の娯楽なのか?イオがおしゃべりなのは仕方が無いのかもしれません。

2005年04月10日

買い物とベジタリアン・タイ料理

名刺が出来るのを待っている間、美味しい麺を食べて待ちました。MBKの1F奥にある麺屋さん。パスタからうどんからバーミーからいろんな麺があります。パスタが美味いかどうかは不明ですが、香港風のダック麺は美味しかったです。

名刺を受け取って、MBKの中をちょっとうろうろ。1Fでタイのお土産フェアみたいなのがやっていて、その中に出店しているシクル屋さんのおばちゃんがおーむの知り合いでした。ちょっと挨拶に寄ったら、イオにいろいろと話しかけてくれて「歳は?え、5歳?2歳じゃないの?嘘ついてるんじゃない?」なんて言っていたそうです。タイにあっても小さいイオ。日に焼けてタイ人みたいに見えるけど、でもタイ人の子供はこんな風にはぽっちゃりしていないし、顔や頭も小さい。よく見ると日本人。

おばちゃんは早速、イオにお土産を見繕ってくれて、シクルのポーチをくれました。わしらは何の関係も無いのに、ありがたいことです。でも、ちょっと昔の日本人もこんな風だったよなあ。特に田舎の人って、こんな感じ。すぐお土産くれたりしてましたよね。今も?

ふらふらとimasaへお土産を探しましたが、ぐっと来るものは見つからず、でも結構可愛いTシャツが見つかったので、それを買いました。

そして来るべきソンクランに備えて、水着仕様のビキニを190Bで購入しました。199Bだったけど、おばちゃんが勝手にまけてくれました。嬉しい。

イオは、ずっとずっとものすごいハイテンションでおーむを困らせていました。途中からimasaに買ったTシャツのポーチを馬に見立てて、お馬さんごっこをしたり、その後はトーマスごっこ。ずっと機関車になっていて「ほっほーっ!」という汽笛の奇声を上げて狭い道を歩き回り、周りの注目を浴びていました。非常に恥ずかしかったです。ここでだからあり、と思えるけど、日本のデパートだったらありえないです。案外根気強いおーむ。偉すぎる。

おーむが、夕食も付き合ってくれるとありがたいことを言うので、サイアムスクエアまで出て、ベジタリアンタイ料理のレストランへ行きました。おーむはフードコートで良いよ、といってたけど、わしが嫌なんじゃ。イオと二人だとレストランに入れないんだもん。せっかく大人がいるんだから、レストランで食べないと!と主張して、連れて行ってもらいました。美味しかったです。トムヤムも飲めたし。えび味噌ご飯も食べられました。嬉し~~。

それにしてもタイの菜食レストランて、肉食メニューはあるのに、アルコールが無いのはなぜ?精進料理だから?でも日本だったらおいてありますよね?多分、香港でも。

そしてこのレストラン、きれいな写真入のメニューなのですが、英語メニューとタイ語メニューの厚さが全然違う。タイ語メニューのほうが倍くらい品目が多いんですよ。そして美味しそうなものが多いのです。タイ語がわからないと損すること多し!とまたもや思い知った次第です。タイ語のメニューが読めるようになりたいなあ。

MBKで名刺作り

BTSでMBKまで行きました。

途中、BTSで走らせているシャトルバスの話になって「ルートが良くわからないんだよねー」と言いながら駅を歩いていたら、柱にルート表が張ってありました(恥)。何度も通った場所なのに、全然気がつきませんでした。イオと二人で歩いている私が、テンパッテいるのが良く理解できるエピソードです。

オームと一緒に歩いていると安心していられるので、周りが良く見えるみたいです。スーパーのシャトルバスとか、いろんな無料バスが通っているのにも初めて気がついたし。3週間、何を見ていたんじゃ、わし。

MBKの1Fに昔からあるプリント屋さんで名刺作り。何のプランも見本も無く行ったので、その場で考えるのが大変でした。いつもそれで面倒くさくなり、名刺やスタンプ作りを諦めるのに、いつも見本作りを忘れます。今日は、おーむがいて相談できるので楽に作れました。

カラーの印刷で紙を選べて1枚4Bです。金銀の1色印刷も同じ値段です。両面印刷や折付き名刺は1枚5Bです。金銀色が入っての多色名刺になると1000枚単位で頼まないといけないようですが、他のものであれば100枚単位で注文できます。

私は、ざらっとしたクリーム色の紙に緑のインクで印刷してもらって、蓮の花の絵を入れてもらいました。モチーフ表から選んだ絵なので、ちょっと変な絵ですし、フォントも特に指定しなかったので、今ひとつなフォントですが、まあ合格かな。結構可愛いです。

プランを出して20分で一回、プリントアウトした見本を見せてくれて、その修正をしてから(結構、誤植がありました。)、実物印刷まで、また25分待たされます。なので1時間で完成です。

MBKで作った名刺ところでこの名刺、住所が変らないうちに100枚もはけるんでしょうか。1年に何度か名刺を交換する機会に出会って、そのたびに「すみません。名刺が全然必要じゃない人生を送っていて。」と言い訳をしていて、やっぱり名刺を作らないと失礼だよな~とか思わされるのですが、そんな機会は、本当に年に数回のみ。しかも相手が自分の名刺を欲しいような機会は稀です。早まったか。まーいいか。可愛いから。住所交換するときに名刺があれば書かなくてすんで、楽だしね。

おーむが来てくれた!

昼前におーむが電話をくれて、私の名刺つくりに同行してくれることになりました。ありがたし。

退屈していたイオも大喜び。また「おーむ、そろそろ来ているんじゃない?」外まで迎えに出て、そのたびに「タクシーが止まったけど、違う人が降りた」とか「来たかなーっと思ったけど、気のせいだった」とか言って戻ってきてました。

「暑い、暑い」と言いながらやってきたオームと一緒に、ソムオー(ポメロ)を食べておしゃべりしつつ、一息つきました。イオは早速、ハンモックを見せたり、バーンラック幼稚園で買ったお祈り用の蝋燭と蝋燭消しを見せたりして、張り切っています。

ひとりになりたい

朝、起きたら非常に体が重く、やはり揉み返しが来ている様子です。

お休みだと言うのにお向かいの工事は、早朝から始まっています。それが非常にうるさくて、イライラしてしまいます。今回は、本当にアパートの選択を間違えました。この4週間を別の場所でやり直したいです(涙)。

しかもイオが朝からずーっとしゃべりっぱなしで、それも煩い。電池を抜きたくなってしまいます。ああ、一人でのんびりしたいよー。なんだかどんどん調子が悪くなるみたいです。誰か大人と話をしたい(涙)。きっとずっとイオの相手で、大人とちゃんと話をしていないストレスが溜まっているのでしょう。

「しばらくPCで働くから、話しかけないでね。」とイオに宣言するも、「何か食べたい」とか「うんち」とか「ハンモックしたい」とか「お出かけしたい」とかいろいろと煩いイオです。

今は、巻貝に羊毛毛糸を巻きつけたものを耳につけて、ず~~~~っとタイ語もどきで電話をしています。なぜあんなにずっと話し続けていられるのだ。

2005年04月09日

またもやヌワット・タイ

やっぱりどうにも調子が悪いので、学校によってマッサージをすることにしました。

イオが「お腹がすいちゃうから、ヌン(1時間のこと)にして。」というので「食べるものがあったら待てる?」と聞いたら「おやつ買ってくれるならソン(2時間のこと)でもいいよ。」というので、この際もーなんでもいいやって感じで、エンポリウムで饅頭のおやつを買って、学校へ。

ちょうどラダ先生もカテイ、カタイ姉妹も、お兄ちゃんも居て、イオは大喜び。マッサージが終わっても帰りたがらずに困りました。「おかーさん、どうせだったら3時間とかでも良かったのに。」などと言い出す始末です。

マッサージはどうだったかと言うと、残念ながらはずれと言わざるをえません。

さすが、プッサパーで教育を受けているためか、センのラインは的確でしたし、安心してマッサージを受けることは出来ましたが、いかんせんスピードが速すぎる。同じ場所を5~6回繰り返してマッサージをしてくれるのですが、ものすごい勢いで進んでいきます。2回に減らしてよいのでゆっくりと押して欲しいです(涙)。スピードが速いので、押すのも鋭角で指先が入ってしまいます。だから痛い。

仕方が無いのでしょうけれど、どうしてもこの種のマッサージは職業病的なある特徴を示してきます。押すときにひねりが入ったり、筋や骨の際を狙ってゴリッとさせたりするのです。どちらも一見、効いているような錯覚がありますが、全く違います。それはゆったりしたリズムを生み出すことは決してなくて、勢いの良いリズムを生み出します。

ストレッチもその勢いで何回もやられるので、それはちょっと怖くて、身を守るために力が入ってしまいました。悲しいです。

いつからタイマッサージは、こんな風にスピード感溢れるものになってしまったのでしょうか。もうバンコクはかつてのゆったりした街ではなくなってしまったのでしょうか。クラブサウンドが街を流れ、地下鉄やBTSで効率よく街を移動できるようになり、スピード感に溢れる街になってしまったのでしょうか。

人の中に共通してある街のリズムが、こうして今、私の受けているマッサージに表現されているようです。

ワールドセンターへお買い物

小一時間寝たらだいぶ楽になったので、起き上がって、レメディをもう1粒飲んで、出かけることにしました。とにかくイオの空腹を何とかしなくてはなりません。

近所の麺屋でバーミーとセンヤイナムを食べました。店にTVがついていて、タイ全国ダンス大会が放映されています。楽しそうです。じーっとTVをみ続ける、イオ。ちょうど背中向きになっている私に、「今は女だけで踊ってる。で。男も入って別れて踊っているよ。」とか解説してくれました。

本当は今週末もチャトチャック市場に行くつもりだったけど、この調子ではとても無理そうなので、予定を変更してセントラルワールドプラザへ行くことにしました。

imasaにおみやげを見つけようと思って、店をうろうろしましたが、良いものが見つからずに断念。imasaは好みがめちゃくちゃ煩いので、選ぶのが本当に大変です。せっかくいろいろ探してお土産を買っていっても、文句を言われてむかついたことが何度もあります。感謝知らずの男。私が彼の言っていることや好みをまったく理解していないことに問題があるらしいのですが。

途中、伊勢丹デパートの子供の遊び場で休憩。イオは、そこでずいぶんと遊び倒していました。ふと「ワシは何をしているのか。」と空しさに駆られてしまいます。

イオの「お腹すいた。おやつ、おやつ。」コールにより、MKに入りました。野菜のタイスキと小豆のスムージーで軽く夕食。イオの前を通るたびにちょっとつまんだり、ちょっかい出したり、話しかけたりしてくる店員たちに迷惑顔のイオ。

「ちょっとは愛想良くしてあげたらいいじゃない」といったら「だって言葉がわからないんだもん。」「笑って手を振ってあげれば?」「イヤーだ。」と言いながらもパズルをもらったら嬉しそうにしていました。タイの人たちは本当に子供が好きな人が多いです。電車でも席を譲られなかったことはありません。タイで子供時代を過ごすことが出来た人は幸福ですね。

アパートのプール

さて夕べ、(はしたなくも、もったいない根性のため)つい食べ過ぎてしまって、今朝は胃が非常に重いです。朝から元気いっぱいのイオは、アパートのプールに行きたくてたまらない様子です。

そういえば一度もいっていなかったっけ。誰かが泳いでいるところを見たことが無いプール。朝食後、着替えていってみました。ちょうど屋根がある駐車場のならびにあるプールなので日陰なのは、とてもありがたいです。

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イオは、両腕に浮き輪をつけて、ゴーグルをつけて、早速泳ぎだしました。

水が冷たくて私は入りたくなかったけど「競争しよう」とか「飛び込んでみて」とか言われて、つい付き合ってしまいました。すんごく塩素が強い水です。なんか体壊しそうだなあとか思っていたら、プールの向こう側でゴキブリが死んで浮かんでいました(涙)。塩素が強くて死んだのでしょうか。それとも薬をまいたのかな。

イオにそろそろ上がろうと言ったけど、「もう少し、もう少し」と遊び続けています。とほほ。仕方ないので、もう少し付き合ってから、シャワーを浴びて上がりました。もう来ないと思う、このプール。

部屋でもきっちりシャワーを浴びて、髪も洗ってさっぱりしました。が、私の体調が果てしなく悪くなりました。もう立っていられない感じです。ちょっと横になったら起き上がれません。お腹も痛い。イオが「お腹がすいたー。」とわめいていますが、どうにもなりません。「体調が悪いからほうっておいて」といって寝ました。イオは、ぎゃーぎゃー文句を言っていましたが、そのうち私と一緒に寝てしまいました。

いろいろと自分のピクチャーを考えて、レメディを選んでみましたが、どうなのか。効いているような、いないような。自分のレメディ選びは、難しいです。リカバリーレメディを何度か飲んで、しばらく症状を味わってみます。辛い。

2005年04月08日

日本食で会食

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学校に戻ると、試験も終わって、認定証が渡されていたところでした。あっという間にまた1週間が過ぎていきました。

皆で夕食を食べに出かけるとのことでご一緒させてもらうことになりました。なんと日本食です。soi39の奥にあるフジスーパーの3F「陣」という店。子供も入れて、19名の大所帯でお座敷に座りました。

イオは、写真メニューを見てあっという間にざるそばに決めました。最初、イオは私と一緒に座りたがっていましたが、子供だけの席を作ってもらってお兄ちゃんやお姉ちゃんたちを座れば?と誘うと、いそいそとその席へ移動していきました。子供だけで盛り上がっているようです。

イオだけ時々、私のところへ舞い戻ってきては、何を食べたとか、何をして遊んだとか、書いた絵を見せに来たりしています。おもろネタが多く、聞くこちらも楽しかったです。

バーンラック幼稚園のソンクラーン

午前中は、洗濯をして、またPCに向かって雑務。午後遅くになってから学校へ行って、マッサージを見学していました。

お昼をラマ4世通りにある美味しい食堂で食べてから、徒歩でバーンラック幼稚園へ。今日は2時半くらいにお迎えに行ってみようと思います。

いつものように庭側から園に入ろうとしたら、玄関から先生が出てきて「お母さん、こっちです。」と手を引かれた。な、なにごとか。

しばらく待っていると、イオを連れて来てくれました。「今日はプールで泳ぎました」とかいう報告を受けて、特に最終日の何もなくお別れ。

財団のほうへまわると、ちょうど佐藤先生がポーチのところで接客中でした。申し訳なかったですが、保育費などの精算をさせていただき、ちょっとおしゃべり。「週末も遊びに来てもいいですよ。」と言っていただきました。そして「財団の建物内にあるゲストルームも一泊350Bで滞在できます」とのことです。通常は、アントロポゾフィー関係のセミナーなどを行うときに講師のゲストルームとして使用している部屋だそうです。幼稚園の緑豊かな敷地内に滞在できるなんて素敵です。そのうちぜひ、泊まらせてもらいたいものです。イオも一日、幼稚園の園庭で遊べることでしょう。imasaと来たいなー。

お言葉に甘えて、園庭で遊ばせてもらってから帰ろうと思います。誰もいない庭。いつもの延長保育の子供たちも誰もいない。

イオは、プールに案内してくれて、みんなで水掛祭りをして遊んだことを話してくれました。同級生のお兄さんやお姉さんも来て、一緒にプールで遊んだらしいのです。そして東屋のところでは、スタッフの男性がアイスクリーム屋さんをしていたらしいです。「あの、市場で見たのと同じのやってた。がちゃっ、がちゃっていうの、あるでしょう。あれだよ。こうやってがちゃっがちゃってまわしてた。」とよく市場で売っている手作りアイス屋さんのまねをしていました。

「お父さんやおかあさんたちも来ていたの?」と聞いたら「皆、来ていたよ。来てなかったのは、うちだけ。」がびょーん。どうやら、今日は特別な日だったらしい。家族参加のお祭りDayだった模様です。もー、失敗。もっと早くお迎えに行けばよかった。お昼寝の邪魔しちゃ悪いと思っていたのに~。当然、お昼寝も無かったらしいです。(涙)言葉がわからないって、困りものですね。

今思えば、先生にノートを渡して、タイ語で連絡事項を書いてもらえばよかったです。私には読めないけど、学校の誰か、タイ語のわかる人に読んでもらうことが出来ましたよね。ああ、今頃思いついても遅い。バーンラック幼稚園でやったソンクランのお祭りに参加できなかったのは、非常に残念でした。

しばらくイオと遊んでから、奥にある財団のお店に寄ってみようということになりました。そうしたら。なんと「15%」とチョークで書いてある看板が外に出ていました。今日は、お祭りゆえに特売の日だったようです。がらんとした店に行くと、品物の整理をした先生が「来たのが遅かったわね~。」と何度も言っておりました。「なんで、こんなに遅く来たの?」と言われたので、学校があったから、と答えると「ああ、残念だったわね~。」と言われました。

それでもいくつか売れ残っていた物の中から欲しかったものを見つけてそれを購入し、お別れを言って出てきました。

バーンラック幼稚園。最後の登園

今朝も6時からご飯を炊きましたよ。

イオの起床第一声は「今日はお弁当だー。」そして「昨日のレストラン、もっとお料理来るって行ってたけど来なかったじゃない。」「イオが途中で寝たから知らないだけで、あの後来たんだよ。」「えー、食べたかったー。食べたーい。」と食べ物の話ばっかり。

昨日と同じお結びにしてね。美味しかったから。先生とかもおいしそうって言って、あげちゃったから、イオひとつしか食べてないの。今日もいっぱい作っておいて。」とのことで一安心。「昨日と同じ?なぬー。手抜きー。」とかいうクレームを心配していました。

お弁当を持って、水着と着替えとタオルを入れて、水筒も入れて、パンパンになったリュックをしょって、ベッドの上で足を綺麗にまげて腰を落として「サワディーカー」と挨拶をしてみせてくれました。今までは恥ずかしがって、私の前ではやらなかったんですが。喜びの表現でしょうか。

2005年04月07日

おーむとの会食

おもいっきりバスが渋滞して、ちょっと遅刻でお迎えに行きました。先生に「遅れてごめんなさい」と誤ったら「マイペンラ~イ」とタイ人なお答え。

そしてタイ語と少しの英語で説明された内容を想像するに、実は「今日はお弁当の日じゃなかった」「明日は、プールがあるので水着を持ってきてください。」「そして明日がお弁当。」と言うことらしかったです。いやー、失敗。

いおはちゃっかり「明日がお弁当の日だよ。お菓子もらえるらしいよ。」なんて言ってます。そんな時、私はイオが「5歳児」という私の現在の価値観では、つい想像が及ばない現在のみを生きている人、と言うのを感じます。とほほ。おみゃーが、今日は弁当だって言ったんだよ!いいや、明日も海苔佃煮のお結びで。

今日のお弁当は、お昼のときにイオと先生とお友達とで食べたそうで、イオは給食も食べたそうです。栗は、先生とお友達とで分けたそうです。

学校に寄ったけれど、イオは「お腹すいた~」とぎゃーぎゃー言って、他の人に迷惑なので、あっという間に家に帰りました。

では、カオニャオとガイヤーンで夕食。っていうか軽食。

スープを作ろうとしていたら、おーむから電話があって、すぐ近くまできているそうです。イオに伝えたら「外まで迎えに行ってもいい?」といって、パジャマのまま外におーむを迎えに行きました。 何度か部屋に戻ってきては「まだだった、エレベータは8階に行っちゃったよ。」とがっかりしています。行ったりきたりしているうちにおーむが遊びに来てくれました。

イオはもう、うきうきです。外に一緒に遊びに行きたくてたまらないのです。私もレストランにイオと二人だと行かれないので、大人で食事を共に出来る人を求めていました。で、近所の中華料理店へ。ささやかながらも非常に満足度の高い会食が出来ました。

いおは途中で寝てしまいました。ちゃんとデザートまで堪能していましたが。(因みにデザートは冷たいお汁粉。イオと私たちの想像を裏切り、まるでジュースのようにグラスに入って、ストローまで付いてきました。最初イオは、ぶーぶー文句を言っていましたが、思いのほか美味しかったようで、「これチョコだよ。チョコのジュース。」と言いながら喜んで飲んでいました。)クーラーがきいていたのできっとぐっすり眠れたことでしょう。

おーむにあえて本当に良かった。ビールを飲ませてくれてありがとう~。今日は、実は、悲しいことがいろいろとあったんだよ~ん。たいした事ではないですが。

カオサン通り

とある店へ行きたくて、午後からバスに乗って行って来ました。が、そこは行ってみたらたいしたことはなくて、少しがっかり。

すぐ近くに有名なカオサン通りがあったので、初めて行ってみました。いやー、驚きました。こんなことになっていようとは。狭い小さな道なのですが、両側にみっちり屋台のお土産屋さんがあります。いや、びっくりしたのはそれじゃなくて、おしゃれなカフェです。まるでマイアミ。これは、マイアミの海岸沿いの飲食店状態を知っている人だったらこのニュアンスはわかってもらえると思うのですが、アレです。でももちろん前は浜じゃありません。けっこう狭い道なのです。そんなものを作ってしまうタイ人て不思議ですが、きっとそんなものを求めているのだろう欧米人が私には謎だ。確かに和めるけど。

バーンラック幼稚園のお弁当日

イオがもうずーっと気になっているのは、今日はお弁当の日だってことです。

明日はお弁当の日だけど、どうする?」「今日はお弁当の日だけど、どうする?」「イオは給食食べればいいよ。」というと「だって皆お弁当持って来るんだよ。イオの分、お昼無かったらどうする?」「大丈夫」といっても心配なイオです。

でも「お休みする」と言いません。今日はHちゃんがお菓子を皆に配ってくれる日(とHちゃんが約束しているらしい)だからかな。バーンラック幼稚園に行くのをとても楽しみにしている様子。シャワーもさっさと浴びて、「もう着替えていい?」と自分でさっさと着替えています。

タイはなんでもありだし、他にもお弁当じゃない子もいるだろうからバーンラックで食べさせてもらえば良いやと思っていましたが、ふとはらっぱ園の先生が言った「イオちゃんは、そういうのをきちんとしてあげるととても安心できるんですよ。」と言っていたのが頭をよぎり、急遽ご飯を炊くことに。間に合うのでしょうか?

車が来る10分前にご飯は炊き上がり、日本から持参の海苔を巻いておむすびを3つ作りました。

具は、先週イオが欲しがって買った岩海苔の佃煮。日本食として売られていましたが、タイで作られたもので微妙にタイ味の佃煮です。甘いけど、結構美味しいです。

イオに「えー、外も海苔、中も海苔なの?海苔のサンドウィッチ?へんなのー。」と笑われましたが、いいじゃん、海苔ダブルで。

お結びを握っていたら、「それイオのお弁当用?いいよ。バーンラックで何かお昼もらうから。お菓子ももらえる日だし。」というので、おもわず「えー、イオがお弁当持って行きたいって言うから、作っているのにー」と言ってはならない恩着せをしてしまう私。「ありがとうって思ってるんだよ。持っていくよ。」とイオ。またもや気を遣っていただきました。

ついでに甘栗をいくつか入れると「おやつはもらえるからいらないんだよ。」というので「Hちゃんにお菓子もらうんでしょう。お返しに栗あげたら?」というと「あ、そうだね。栗あるけど、お菓子も食べるよ。チョコだったら持って帰ってくる。クッキーだったら食べてもいいでしょう。飴だったら食べてもいい?」と、今からもらえるはずのお菓子のことで頭がいっぱいです。笑える。一昨日から、ずっとお弁当の日だってことと、Hちゃんにお菓子をもらえるんだってことを言い続けているのです。

制服を着て笑顔で登園お迎え車に乗り込みいってきます
そういうわけで今朝は、うきうきスキップしながら幼稚園へ行きました。

やー5歳児にとっては、2週間は短すぎましたね。せめて1ヶ月は通わせてあげないとかわいそうだったかもしれません。せっかくバーンラック幼稚園という日常になったところで終わってしまうのは、非常に残念なことです。だからといって2週間しかないから通わせないと言う選択は、私には今でもありませんが。だって本当に良い幼稚園なんですよ。私が通いたいくらいです。

2005年04月06日

ベビーマッサージ

近所の定食屋へ行ったら学校の皆もちょうどお昼で、一緒にお昼ご飯を食べました。惣菜2種かけご飯とセンヤイナムを頼んで50Bなり。

イオは、そのままソムチャイ先生に拉致されて学校へ。私は葉っぱに包まれたココナツ餅とココナツコーン(細切りココナツとほぐしてあるコーンを混ぜて売っている。)のおやつを買って学校へ。

ちょうどカテーお姉ちゃんと昨日のお兄ちゃんがいて、イオは大喜びをしています。お兄ちゃんと早速顔を触りあって、変な顔にして笑い合う遊び。無言で相手の顔を変にして笑っています。

おやつを「皆で食べな」とイオに渡して、私はクラスに参加しました。最初はアーユルベーダのクラスを見学していましたが、その後は初級クラスのレシーバーとしてお手伝い。生徒は本職のマッサージ師+リフレクソロジストの方でしたが、やはり全然違う視点に非常に戸惑っている様子でした。でも気持ちよかった。手が暖かで、ゆったりじんわりとしたマッサージは実に気持ちよいのです。

夕方からソムチャイ先生がやるマッサージを見学。イオはそろそろ限界でぐずぐず言い出していますが、かといって学校が大好きなので帰りたがりません。

ソムチャイ先生の隣で「おかあもマッサージして」と横になりました。ソムチャイ先生のまねをして、イオにマッサージをしろということらしいです。手の位置が違うとか、角度はこうだとか、細かいソムチャイ先生よりも小姑なチェックで私の指導をするイオ。最後の肩のマッサージまでしっかりやらされました。でもそれが結構勉強になりましたよ。先生の隣で先生と同じ型を、もうれつ細かいチェック付きで練習できたのですからね。イオっていい奴だ。

ソムチャイ先生が「イオちゃん、ベビーマッサージ」と言ったら、いおは早速スカートとシャツをめくって腹を出して寝転びました。しかたないのでずいぶん久しぶりにベビーマッサージ。「金魚マッサージから始めて」とのリクエストどおりに始めて、足や腹をやると買って裏返って「次は背中」だって。本当に細かい要求の多い人です。いいけどね。ある意味、わかりやすくて。好きだけど、そういう人。

最近は、ワットポーでもベビーマッサージを教えているのだそうです。驚き。きっと要求が多いのでしょうかね。「いづれにしてもベビーマッサージが普及されるのは良いですよね。」と言ったら、ソムチャイ先生曰「ワットポーのベビーマッサージは、タイマッサージをちょっと簡単にしたようなもので、ベビーのために作られたカリキュラムではない」ので「あまり良くない」とのこと。

ソムチャイ先生たちが習ったベビーマッサージは、私がやっていたものととてもよく似ているそうで「どこで習ったの?」と聞かれました。「助産婦から」と言ったら「へー」って感じでした。日本では、生まれた赤ちゃんの裸をちゃんと見ていない母親が多くいることもあり、赤ちゃんの健康のため、母子のコミュニケーションため、お母さんの癒しのために助産婦さんたちが教えてくれています。ベビーマッサージの協会も3つくらいあったはずです。ベビーマッサージって、赤ちゃんも喜びますが、触っている母親のほうが気持ちよいですよね。ゆったり出来るし。

イオは、生まれてすぐに「うえー」って泣いたとき、imasaがイオの足の裏を「とんとんとん」って言いながらそっと叩いたら、すーっと寝てしまった経験以来、とてもマッサージ好きな娘に育っています。もうこの頃は、毎晩マッサージしたりすることは無いですが、よくイオからリクエストがあります。イオが今一番すきなのは、ラファエルヒーリングセンターのひろこさん伝授のクリスタルを使ったヒーリングリフレクソロジー。すんごい気持ちが良いらしいです。してあげると「おかあ、マッサージ上手だね~」って言われます。

結局、7時近くまで学校にいました。最後は、ちょっとカモミラ状態のイオ。「おかあがマッサージすると思ったのに、しなかったから」との理由らしいです。私が昼間、ずっとレシーバーだったのが嫌だったらしいです。

イオのリクエストで夕食は、マカロニ。コーンスープに野菜をたくさん入れて、ゆでたマカロニを入れて食べました。イオには大評判。「もうお腹いっぱいだけど、美味しいからもっと食べちゃうんだ。」「外で食べる菜っ葉は、ちょっと苦いでしょ。でもおかあの作る菜っ葉は苦くないから美味しいね。」とちょっとお世辞つき。気を使っていただいています。

祝日。ハンモック

ハンモックに揺られるイオ
今日はタイの祝日です。なんでもチャックリー王朝が生まれた記念日だそうです。建国記念日とはまた別。

この祝日のことは、学校で聞いていましたが、す夕べ、イオに「明日は幼稚園お休みだよって、Hちゃんが言っていたよ」と言われるまで、すっかり忘れていました。あー、良かった。お迎えバンを待ってしまうところでした。

ちなみに明日はお弁当の日らしい。いろいろ聞いてきてくれて助かるけど、お弁当って・・・。たった一日のために弁当箱を買うんかい。

朝からシーツなどの大物も洗濯をして、朝食。

そしてイオのたっての希望により、ハンモックを取り付けました。実は、昨日実験済みだったのですがイオには内緒にしていたのです。イオは大満足。大喜び。

早速、バティックを持ち込み、ほっぺたちゃんを連れ込み、おやつを持ち込みんで至福の時を揺られています。

これ、東京に帰ったらどうするの?」と早くも帰国後もハンモックが出来るかどうかの心配をしています。うーむ、確かに。アパートには、ハンモックをつるせるようなところは無いなあ。三角広場で出来るように何か考えないと。

2005年04月05日

イオのタイ語とコーラートの親戚たち

ちょっと早めにイオのお迎えに行ってみました。

今日はKくんが来てくれて、飴をくれたそうです。良かったね。

先生に「イオちゃんはどんどん言葉を覚えています。」と言われました。確かに、この頃の食事前のお祈りはバーンラック幼稚園形式。タイ語でお祈りしています。わかるのは最後の「コップンカー」のみ。イオもまだ少しあやふやみたいだけど。先生は、いろいろイオにタイ語を教えてくれているみたいで、イオはそれを私に教えてくれます。

昨日くらいから、やたらとタイ語を話すイオ。今も「チャイマイ?」とか「クン チューアライ、カー?」とか煩いです(苦笑)。

夕食の準備をしている間、イオは昨日もらったと言う小さなノートにあれこれ書き付けていました。「おかあは、まだタイ語をあまり知らないでしょう。だからイオが教えてあげる。」とノートをみせてくれました。

書いてあるのは、花の絵AMHA、花の絵HAM、顔の絵IOFEO、ドアの絵IOMHE、他にもOAAMOFOとかLOOMとか、いかにもタイ語っぽい音のローマ字が並んでいます。先生がローマ字を書いて教えてくれたのだそうです。でもいつイオはローマ字を読み書きできるようになったのでしょうか?知らなかった。

ちなみに花の絵は、仏花をいつもイオは先生と刺しながらお迎えを待っているので、その花の名前だそうで、顔の絵は「イオ、顔を洗いなさい」、ドアの絵は「イオ、ドアを閉めなさい」」だそうです。

タイ語の会話本を見ながら、「ドア」とか「閉める」とか言うのは~だけど。と私が言うと「おかあのその本は、間違ったことばっかり書いてあるんだよ。それ違うよ。間違ってる。」だって。本当はどうなのかなー。まあ、どっちでもいいんだけど。

イオがそうやってタイ語に興味を持つのが面白いです。彼女はやはり言葉に対してのセンスがあるのだと思います。韓国でもおばあちゃまに書いてもらったいくつかの会話メモを覚えて、いろいろ言っていたし。

今日も学校でラダ先生の家族、親戚に会いましたが(コーラートから皆で遊びに来たらしいです。なんと3年ぶりの再会!)子供たちとなんか言いながら遊んでました。

お兄ちゃんと

コーラートの子供たちと言えば、当時からオカマ志願で踊りの上手い5歳くらいの男の子がいましたが、8歳くらいの優しいお兄ちゃんになっていました。

イオのことを覚えていてくれたのか、顔を優しくなでたり抱きしめたりしてくれて、ずっと一緒に遊んでくれました。優しいおにいちゃん好きのイオとしては、もう至福のときだったに違いありません。

MBKと携帯電話

午後からMBKまで出かけてきました。

すっかり美しく生まれ変わっているMBK。フードコートもおしゃれな感じになっています。

そして、今までゲームやお寺のプラ(お守り)が売られていた4階・7階は全て携帯電話屋一色に!いやー、「携帯を買うならMBKだよっ」と言われてはいましたが、これほどまでにすんごいことになっているとは、想像もしていませんでした。こんなに同じお店があって、皆よく潰れずに商売しているよなー。不思議だ。

タイ購入した携帯端末は、シムカードを入れ替えることで日本や韓国以外の国だったら使えるのだそうです。便利じゃなあ。

ちょくちょく海外旅行をする人だったら、買っておくのは良い案かもしれません。型落ちだったら、結構安いです。通話料金は、月払い契約のほかに、プリペイドカード式もあります。

タイに友達がいれば、私も欲しいと思うけど、友達いないしなー。あ、おーむがいたか。そうそう、彼のように行動の読めない人と会いたいときには、携帯が欲しいかも。でもそのためだけに買うって言うのもどうかと。

メールを書いても、書いても

昨日からメールの返事を書き続け。書いて、書いて、書いても終わらない。

モニター希望の方へは、名簿を整理してから順次お返事を差し上げようとしていて、遅れております。すみません。

PCでやる仕事が山積みだー。せっかくバンコクにいるのに何をしているんじゃ、わし。
3年前はこんなこと無かったはずって思って、考えてみたら、この3年間で状況はかなり変っているんですね。実は。

いおぴーは保育園から、自主運営の幼稚園に行っているためにその雑務もあり、3つの勉強会の雑務もあり、自分はホメオパシーの学校に通い始めたし。そうだ。ぜんぜん状況は違うのだ。

そして、要求の多い娘が一人。これが手ごわいです。

やっと笑顔で登園しました

今朝のイオは、やっぱり「幼稚園行きたくないなー」と言いながらも、その声は控えめ。

今日の理由は、Kくんがこの頃、来ないから。別のクラスの(たぶん年長の)男子が時々、イオのクラスへ遊びに来てくれていたようなのですが、それがこの頃、来てくれないと言うのが、行きたくない理由。

「じゃあ、お休みしたら?今日は制服着れなくなっちゃうけど。」と言ったら「いやだ。行くよ。着替えさせて。」とさっさと準備をして、さっさと車に乗って行ってしまいました。

夕べは行く気満々だったからね。「最初はイオ、行くときに泣いてたけど、昨日からはもう泣いてないじゃない?」とか言って。

2005年04月04日

愚痴、愚痴

雨は、まだまだじゃんじゃか降っています。

そして書くのを忘れていたけど、停電です。部屋は、真っ暗。朝なのに。外もけっこう暗いです。めげるなー。停電は、バンコク中なのでしょうか?それともこのアパートだけ?イオを送りに部屋を出ると、廊下にだけ煌々と非常灯が点いています。別にもう消してもいいのになー、朝なのに。

雨のおかげで扇風機無しでも涼しいのが、せめてもの救いです。あ、また雷が鳴り出しました。今日は一日、こんな感じなのでしょうか。傘を持ってきていないから、どうしてよいかわかりません。ひー、また雨が強くなってきた。すんごい勢い。怖いくらい。天のどこにこれだけの水があるんじゃろうか。

ただの休暇で来ているのだとしたら、この雨を充分に楽しんで、今日は寝たり、だらだら本を読んだりして過ごすのですが、学校にも行きたいし、このまま停電が続くのであればPCのバッテリーも、もうすぐなくなるから宿題も勉強も出来なくなると思うと、なんだか気が焦ってしまいます。ああ、私って間違っている。この時間を充分に、ただただ味わい尽くせばよいのです。ひー、光った!落ちた!すんごい近い雷。ちょっと怖いよー。

雨は、まだまだ止む気配がありませんし、雷も続けてなっていますが、さっきよりはましな感じです。お向かいのビル工事も始まって日常は動いている様子です。

試しに電気をつけてみたら、点きました。あー良かった。停電は解消です。あとはどうやってこの部屋から傘無しで出て行ったらよいのか、という問題が残ります。

とりあえず学校へ行くのは諦めて、PCの電源を確保したことだし、メールの返事書きでもしようか。ホメオパシーの勉強をするムードは、全然湧き上がってきません。なぜか。頭を休めたいのかもしれませんが、でも同時にものすごーく頭がみっちりになっている感じもしています。どういう状態なのだ。私の言う「生きているだけで精一杯」な状態って、もしかしたら他の人の「生きているのが精一杯」とは違っているのかもれないと思えてきました。

はー。なんかタイに来てから、愚痴ネタばっかりで、自分でも嫌になってきました。imasaがこの日記を楽しみにしているので書き続けようとは思いますが、公開するのをやめようかなー。私のヤナ奴ぶりが全快で、あまりに印象が悪すぎです。まー嘘じゃないんですが。悲しいことに。

さて、どうやってイオのお迎えに行ったらよいのかと言う問題が残っています。タイ語が話せれば、電話をして送迎車に乗せてもらって早い時間に帰してもらうのですが、そんな複雑なことは伝えられそうにありません。お迎えまでに雨が止むことを祈るばかりです。止む気配は、ぜんぜんないけど。

雷がゴロゴロ

夕べはスコールが過ぎ去ってしばらくすると、次は雷。かなり頻繁に大きな雷がゴロゴロと鳴り響いていました。イオもまたその音で目を覚まして、怖い怖いとしがみついて来ます。私も(buffyちっくな)怖い夢を見て嫌な気持になっていたので、二人でレスキューを飲んで寝ました。

しばらくして今度はまた雨。激しい雨音です。さすがに南国の夏は、激しいなあ。この調子でソンクランがやってくるのでしょうか。

ふと目を覚ますと朝。まだ雨が降っています。お天気が悪いとただでさえ薄暗いこの部屋は、ますます暗くて、まだ朝じゃないのかと思っちゃいました。統計を見ると7時!お迎え車は7時40分に来るのです。

イオも目を覚ましましたが、外の雨が激しいので気持が挫けたのか、夕べの雷が怖かったのか、もうぐずぐずモード。夕べ、幼稚園の支度をするときには、「また急にプールになるかもしれないから、一応、水着を入れておいて」なんて言っていたくせに、今は「雨でもお庭のお散歩あるかもしれないからやーだ」などとありえない理由付けで(はらっぱ園だったらあるけど)休みたがっています。

なんかもー、猛烈にむかついて「もう毎朝、毎朝、いいがげんにしてください!もう幼稚園は行かなくていいです。制服ももういらないね!」と怒ったら、「行きたい、幼稚園に行きたい」と泣き出した。もー、手のかかる女だよ。目先の制服着たさに惑わされやがって。これが5歳児の今を生きるって奴なのか。それともイオだけの煩悩の深さなのか。

そういうわけで15分でシャワーを浴びて、ジュースを飲んで、制服に着替えて、髪を結って、とぼとぼと行きました。早く自立して欲しい。

ああ、寝てしまった

イオを寝かしつけるために本を読んでやっていたら、自分も添い寝落ちしてしまいました。

雨の音で目を覚ます。外はすごいスコールで、それがとても心地よいのです。とても涼しいし。夕食の食器を洗う音でイオも目を覚ましてしまって、でも水を飲んだらまたすぐに寝ました。

3年前だったら、これから朝まで起きて勉強を始めたところなのですが、ワンルームの部屋で暗闇にいると、なんだかぜんぜんその気になりません。気持ちの切り替えが全然出来ないのが困り物です。やはり環境って大切なのですね。

それにしても暑い国でエアコン無しの生活って、体力を使うなあ。

つい東京での勢いで生活してしまって、それが自分を非常に消耗させる感じです。でもあと2週間しかないと思うと、アレもしなくちゃ、ここも行かなくちゃとつい、気が焦ってしまいます。せめて3ヶ月くらい滞在できれば楽なのになー。

なんだか落ち着かなくて、ぜんぜんホメオパシーの宿題もしていないし、メールの返事も書けていない。静かで落ち着いた時間が必要です。今週はその時間を何とか作らなくては!

2005年04月03日

我が家の炊飯器

イオが「スパゲッティが食べたい。」というので、近所のスーパーで材料を購入して、自炊。炊飯器で麺をゆでて、ソースを作ってみました。

炊飯器なのに。まだ一度もご飯を炊いてあげたことがありません。かわいそうな奴です。

結構、美味しく作れました。イオもたくさん食べていました。良かった。

はずれマッサージ

やがて雨もやんで、気分は台無しになったので帰ることにしました。まだ時間も早いのでマッサージにいこうと思って、イオに聞くとご機嫌とりで「いいよ」と言う。

トンローにあるカノクエートというところへ行きました。エカマイ店には何度か言ったことがありますが、トンローは初めて。目の見えない人の支援のために作られた店だったはずですが、トンロー店は通勤が大変だと言う理由で健常者がマッサージをしているのだそうです。枕もとの張り紙に書いてあるのを読んで知りました。でも「もし目の見えない人のマッサージを希望する場合は、エカマイからバイタクで呼びますので、おっしゃってください」って書いてありました。呼びつける人は、おらんじゃろ。この期に及んで。もしそうして欲しかったら、自分がエカマイ店に行くほうが早いしね。出来れば着替える前に教えて欲しかったけど。

マッサージ自体は、はずれ。悲しかったです。

すんごいスピードと勢いで押されまくって、リラックスどころが痛くないように余計な力は入ってしまうし、ガンガンと押すつぼが微妙に外れていて、それで痛いし、気持ちも悪い。どうにも落ち着かなくて、体を痛めそうで怖くて緊張してしまいます。

途中で止めて帰ろうかとか思ったりもしましたが、きっと彼女自身は自分をマッサージ名人と思っているんだろうなあ。とか思うとそれも悪いし。

「もっとゆっくり」とか「痛い」とか伝えたら、少しスピードダウンしてくれましたが、それでもぐいぐい行くのは変らず。それが彼女のサービスであり、クオリティの高さなのでしょう。(でも翌日の揉み返しはありませんでした。首がちょっと張っているだけ。おそるべし、タイマッサージ。)

今日もチャトチャックへ

今日もお休み。朝、ネットにつないでimasaと少しチャットしました。便利な世の中になったものです。

今日は、アパートでダラダラ過ごそうかと思っていましたが、お出かけ好きのイオに催促されて、お出かけ。まずは朝の豆乳売りを探して歩きました。もう10時近かったのですが、最後の豆乳をゲットできました。

その豆乳を持って、コンビニ前にちゃっかり店を出している麺の屋台でバーミーナムとセンレックナムを食べました。コンビニ前のおかげで日陰だし、お店の人は時々、コンビニに入ったり出たりしていて、涼んでいる?入り口の脇に座った私たちもお客が出入りするたびに冷房の恩恵をちらりと受けたりして、なかなかお得な屋台です(笑)。

その後イオの希望により、BTSでまたもやチャトチャックへ行きました。

まずお約束。チャトチャック公園にまた寄って、遊具で遊び倒しました。結構、遊具の多い公園で、芝生も綺麗だしお勧めです。噴水は、夕方だけのようです。

その後マーケットに行き、昨日、歩いていない部分を歩こうということになり、そしてイオの欲しかった団扇を買おうということになり、歩き始めました。が、年々増殖しているこのマーケットを全て把握しようなんて大それた考えです。ほんとーに、この3年でまたすんごい増殖しているんですよ。地図を持っていても迷います。

昨日は見ていないペットをみたり、またもや石に心惹かれたりしながらそぞろ歩きました。

イオは「喉が渇いた」と連発。持参した水を飲ませていましたが、本当はジュースが飲みたい、もしくはアイスが食べたいのです。確かに今日も暑い。ちょうどサトウキビを搾っていたので、それを買ってやりました。

道端でがっちゃがっちゃと小さなアイス作りをしているのをみて「イオ、ほんとうはこういうのが食べたいんだよね」と興味津々のイオ。「でもこれジュースじゃないんだよ。お砂糖入りの色水だよ。スムージーのほうがいいじゃない。」というと「知ってるよ。でもこういう固いのが食べたいんだよ」と、じーっと見ています。やっぱりアイスがいいのか。スムージーじゃダメか。

途中で御手洗によって、また歩き始めようかと思ったら、ちょうどスムージー屋さんのところに出て、「ちょっと休んでいこうよ。シャーベット屋さんがあるよ」とイオ。

さっきサトウキビを飲んだばかりだけど、暑いし、ちょっと疲れたからまーいいか。東京だったらありえないでしょ。こんな乱れた食生活。でもなんかここにいると暑いし、どーでもいいやっていう感じになってくるのよ。いや、3年前はこんなに酷くなかったはずです。やっぱりイオにあれこれ要求されるのが良くない。もー煩いし、ちょっとくらいいいかなーとか、つい思ってしまったりして、それがずるずると毎日続くのだ。スイカのスムージーを飲んで、日陰で小休止しました。イオのお腹は大丈夫なのでしょうか?まーいいか。大丈夫じゃなくても。

店を見ていて、私が何か商品を手に取ったりすると、すぐに「それはイオのもの?」と聞いてきて、「違う」というと「イオも欲しくなっちゃう。イオのも買って」とごねる欲の深いイオ。自分があれこれ買ってもらったのはすっかり忘れて「おかあばっかり、ずるい」とか言っています。

ふとヘンプ編みをする知人にお土産にしようと思って、大きな石のビーズをいくつか選んでいると、イオも自分で籠を持ってきて、勝手に石を選んでいます。ずっとビーズを欲しがっていたからなあ。

「これは大人の石だよ。イオのじゃない。」といったら怒り出して、またもや「おかあばっかり、ずるい。イオだって欲しくなっちゃうんだよ。」と石選びをやめません。「これはおかあのじゃなくて、お土産にするの。ヘンプ編みをするお仕事の人がいるから。イオは自分の石持っているでしょう。」「だってあの石には糸通す穴が開いてないもん。ブレスレットを作りたいんだもん。」「イオは昨日、腕輪はいらないからお財布買ってって言って、お財布を選んだんでしょう。お財布にも石はたくさんついているでしょう。腕輪が欲しいんだったら、お財布は返さないといけないよ。」「やーだ。」と非常に不毛な会話。とりあえずビーズ選びは諦めたかのように見えたイオですが、隙あらば籠に入れようと、あれこれ選ぶのを止めません。知人には、3つの石を買いました。

イオが欲しいものは、他にもたくさんありますが、そのひとつがハンモック。良いものは結構高いし、大きいのですが、安くて小さいのもあるのです。でもそれはプラスチックの留め具がついていて、ちょっとそれが嫌だし、そこの部分が割れそうで怖くて「もっと良いのがあるかもしれないから、他も探してからにしよう」と言っていました。で、とうとうある店で化繊の糸で編んであって安っぽいけどまあまあ許せる感じのハンモックがありました。180バーツなり。イオはもー大喜びで、どの色がいいとか、少しデザイン違いのこっちはどうだとか言って、結局緑色のものを150バーツで購入いたしました。引っ掛けが部屋にはないので、工具屋さんでS字管と留め具を購入しておまけ分はチャラになりました。

さっきまでお天気は良かったのに、暑かったせいでしょうか。急にスコールがやってきました。マーケット内には一応、天井はありますが、屋根を叩く雨音がすごいし、排水が良くないので狭い通路にジャージャー水が沸いてくるし大変なことになっています。不快なことが嫌いなイオは、いきなり機嫌悪し。「家にいればよかった。」とか言っています。そのうちに雷も鳴り出して、イオは雷がここに落ちるんじゃないかとひやひやしています。「家にいれば雷も落ちてこないし、家にいればよかった」とそればっかり。「家にいたらシャーベットも食べられなかったし、ハンモックだって買えないよ。」といってもぜんぜんダメ。

ちょうどイオが欲しがっていた扇子が見つかったので、それを買うことにしたら一瞬、機嫌は直りましたが、それも綺麗な虹染めの扇子を選んでいる間だけです。その後は、その扇子をパタパタさせながらずーっと「家にいればよかった」と文句をたれています。

なんだかモーレツに腹が立って、「そんなことを言うんだったら、今日買ったもの全部返して」と私も子供じみた脅し文句を言ってしまいました。だってイオが来たいといって、散策と買い物を楽しもうとしているのに、たかが雨くらいでこんな文句をぶーたれられたら、本当に腹が立ちます。すっごい失礼な奴。私が腹を立てていたら、イオは泣き出して「仲直りしよう」と言っています。「あなたの失礼な態度に腹を立てているのに、その態度も改めることがなくて、なんで仲直りしようなんて言えるのよ」とますますむかつく私。目先のことしか見えないイオは、ただ私に機嫌を直して欲しくて「仲直りしよう」ばっかり。はー、本当に感情は一時のもの。ただこれは流れ去っていくだけのものです。それはわかっているけれど、やっぱり感情に支配されてしまいます。だってすっごいむかついたんだもん。

2005年04月02日

私の知らない甘え上手なイオ

今日は久しぶりに部屋で夕飯。扇風機と一緒に買った炊飯器で麺をゆでて、野菜を蒸して食べました。美味しかった~。

食事をしながら「明日は制服を着てもいい?」とか言っています。「バーンラックに行くときに」といったら「早く行きたいなあ」とかげんきんなことを言っています。

そしてお友達になった子達のことを話して聞かせてくれました。いちばん仲の良いTくんとYくんが実は日本語とタイ語の両方を話すことが出来ること。そしてYくんはイオがフォークを欲しいときに先生に頼んでくれたこと、そして「Yくんは実はイオのことが好きなんだよ。だっていっつもイオちゃんはここねって自分の隣に座るようにしているもん」と話してくれました。

どうやら甘え上手、可愛がられ上手なイオらしい。私は見たことがない姿なのですが。マリア保育園でも必ず隣に座ってあれこれと世話を焼いてくれる男子がいたなあ。これからもずっとこの調子で世話を焼いてもらえるといいけどね、イオ。

チャトチャック公園

マーケットの隣に大きな公園があって、昼間は暑い中、イオが行きたいというので遊具でひとしきり遊びました。

夕方になって帰りにも寄りたいというイオ。私はマッサージに行きたかったのですが、遅くなってしまったので諦めて、公園によりました。

遊具とは反対の場所に大きな池と噴水があって、それがライトアップされていました。周りの芝生にはカップルが満載。イオと芝生の上を裸足で歩いて足を休めました。夕闇の中、噴水がとても綺麗でイオに感謝しました。

チャトチャック市場

ひさしぶりのお休みなので、朝はのんびりしようと思っていましたが、やはりいつもの時間に起きました。イオも私も相当に疲れています。体が重い。イオもベッドの上でゴロゴロしています。

試験を優先して昨日、洗濯をしなかったので、今朝は2日分の洗濯をしました。部屋の掃除をして、シャワーを浴びて、フルーツで朝食にして、さて今日はどう過ごそうか。昨日の早朝からネットにつないでいなかったのでメールチェックをしつつimasaとちょっとチャットをしました。相当に自暴自棄な暮らしをしているらしい。かわいそうに。東京は寒いらしい。かわいそうに。

イオと近所に豆乳を探しに出ましたが、もう昼近いので屋台はいなくなっていました。

食堂で軽く食事をした後にエンポリに豆乳があるかと思って探しに行きましたが、ありませんでした。さっき食べたばかりなのに「太麺が食べたい」とイオ。センヤイナムと生姜シロップが利いていて洒落にならないくらい喉に来る豆腐花をエンポリのフードコートで食べました。

そしてBTSでチャトチャック・マーケットへ。今日もいっぱい買い物をしてしまいました。反省。でも満足。それなりに我慢もしましたよ。それなりに。

かつてはまったく気に留めることがなかった石屋が非常に気になってしまいました。石といっても宝石やビーズや銀の飾り物屋なので市場といえども私には高額品。でも日本で買うことを考えたら種類も多いし、安いです。本当に。大人買いしてヘンプ編みに没頭したくなりますが、ホメオパシーとフラワーレメディを勉強中の身では、とてもそんなことをしている余裕はありません。タイマッサージの練習も待っているしね。ああ、でもヘンプ編み。すんごい私向きな頭を使わない夢見る単純作業。いやいや。私は物を造って売る人になるのではないのです。というわけで、石は買いませんでした。

子供用の制服を売っている店があって、白いブラウスと赤いスカートのセットがバーンラック幼稚園の制服に似ていたので二組買ってみました。イオは何でこんなに制服好きなのか。アパートにはアイロンが無いので、洗濯してしまったらいかがなものか、とも思いましたが、まあいいや。

2005年04月01日

象!

再試験の人が終わるのを待ってから、中級の生徒3人組で夕食。ひとりは5月にまた来タイして、このアパートに入る予定なのであとの一人と部屋の見学に来ました。

この部屋をゼロからいろいろと揃えていった私としては、今後の使われ方も気になってしまいます。注意点を張り紙にして残していこうか、とか話が出ました。

夕食は、近所の屋台にて。最初、中華ベジタリアンのレストランに入ったらビールがないというので、結局、そのそばにある屋台で食べることにしました。

飲まないとね!試験後は。子猫が3匹もいる屋台で、イオは大喜び。タイ語を話すことができる人がいたので、非常に充実したメニューで食事が出来ました。

食べている間に、流しの象がやってきました。最初は子象。頭も背中も産毛がいっぱい生えているような、赤ちゃん象です。でもイオにとっては、やはり大きかったようで、ぜんぜん触りたがりません。1mくらいに近づかれて固まっていました。

その後、お母さん象もやってきて、ますます私の後ろに隠れるイオ。でも興味はあるみたいで、いろいろ私に話しかけてきます。私は、このかわいそうな象の境遇についてイオに説明をしました。そして「イオが、お腹の中にいるときに乗った象は、森で暮らしている幸せな象なんだよ。」と言いましたが、わかっているのかどうか。

同伴の女性がバナナを買って二頭の象にあげつつ記念撮影。イオにも餌をやらせてくれようとしてくれましたが、当然のことながら無理。でも本当は、触れてみたかったようです。あとから話をしていたので。

あっという間に一週間は過ぎて

今日は、試験だー。朝、またもやぐずぐず言っているイオ。でも今日はちょっと進歩している感じです。お友達の話をしたりしているから。しかたなくお迎えバンに乗ったイオを送り出して、私は試験勉強。

タイの歴史とタイ古式医療の歴史を一気に丸暗記。物語としては、そうとうに面白いのですが、やはり日本人オーナーであるところがこのようなところに表現されているのを感じます。年号や名前を覚えさせたりするところ。筆記テストは引っ掛け問題があったりするらしいです。悲しい。前もそうだったかな?忘れました。

本質を生きたい私としては、やはり抵抗があります。せっかく面白いタイの歴史をそんなことで失いたくないので、時間軸を作って物語として受け止めることにしました。それで試験の結果が悪くても、もう中級のディプロマは持っているので、別に困らないし。

午前中に筆記試験を終えて、マッサージの練習。二晩続けてイメージトレーニングをしていたので、覚えているかなーとか思っていましたが、結構細かいところを忘れています。先輩がレシーバーになってくれて、いろいろ細かい点をチェックしてくれるのが非常にありがたかったです。自分たちも試験があるというのに。

アーユルベーダ・コースと上級のクラスの人たちは、午前中に試験を終えてしまったので、中級のみ午後に試験となりました。ひー。なんかとっても緊張してしまいました。なぜかわからないけど。

試験というよりも良いマッサージを心がけようと思っていましたが、非常に緊張が伝わるマッサージになってしまいました。なぜかな。先生の視線かな。非常に細かい感じのプレッッシャーを与えてくるんですよね。いや、別に与えるのではなくて、私がそれを受け取っているのですが。ビーチ同士ってこと?

非常に不満足ながら、やるだけやった感のあるマッサージを終えて、時間は4時。とりあえずお迎えに行きました。こういう時は、本当に家族に救われるなー。非常に機嫌の良いイオに今日の話をまた、いろいろ聞きながら学校に戻りました。

ちょうど中級の試験結果を先生にコメントしてもらっているところで、私もひとつ注意点を指摘されました。あとはテキストにこだわらないようにって言われたけど「守・破・離」を意識している私として、森有正の「多くの人に支持されているものは、まず受け取ってみること」というコメントを支持していこうとしている私としては、えー、いきなりそこへいくのですか?と思わずにはおれません。

まー実際、3年前も日本に戻って多くの人に練習台になってもらった経験から、自分なりのプログラムを組み立てざるをえない状態でしたが、それにしてももっとゆっくり独立したいっす。その寛容さがタイ。

実技の点数は、話に聞いていたように非常に厳しくて、かろうじて合格点って感じでした。とほほ~。でもねー、緊張しちゃってマッサージを楽しめなかったからなあ。そのことを考えると、それなりの点数だと思います。ブランクがあって、いきなりこんなに違うマッサージを1週間で学んだ結果としては相当に許せる感じじゃないでしょうか。とにかく最初の一週間が辛いんですよ。体力的にも。そしてプッサパーの中級は、いちばんハードなのです。上級のブラッシュアップのほうがもしかしたら楽だったと思いますが、中級を受けられたことで(辛かったけれど)得るものは多かったです。いやー一週間でやり通しましたよ、ワシ。

東京に戻りたくない

あー、日本に帰りたくない。

このバンコクの喧騒を愛しているわけではないし、排気ガスも騒音も混乱も好きではありません。でもこの時間の流れ、タイの豊かさと寛容さは、私にとって非常に魅力的です。まーもちろん、この「寛容さ」というのは曲者なのですがね。きっとタイでなくても他に多くの国がこのような豊かさや寛容さを持っているのでしょう。私が単にそれを知らないだけで。どこでもいいけど、そんなところにずっといたい。

もちろん東京でもそのような暮らしは出来るはずです。東京で私が作り上げている私のコミュニティ、私の世界観は、全て私が作り上げているもの。自分が作り上げた世界観から逃げ出したいと思っている私。いや、そうではなくてやはり「日本人」としての何かを要求されること、それに答えたい私というのがこの複雑さを作り上げているのだと思います。imasaに何時も指摘されているように。

でも日本にいるとその流れに巻き込まれてしまうんだなー。そして私の中にそれに積極的に巻き込まれたいような欲求が生み出されてくるのだなー。実に抽象的な表現ですが。ずいぶん前に旅行していた時と違って、今はこうやってネットで日本と日常レベルで繋がっていることが、非常に私を東京に引き戻します。もちろん、それが私の望んでいることなのですが。

過剰なまでに日本人チックであると同時に暴力的に無神経な、そしてwalnutな私。そこいらへんに私のポラリティがあるわけですが、どこいらへんにいるとこのポラリティの居心地の良さがあるのでしょうね。

とにかく東京に戻りたくない私は、同時に限りなく深い孤独の内にあります。この孤独感の感触は、言葉では説明できませんが、非常に深くて、うーん、私は臨床家として存在しえないだろうと思わざるをえないような、そんな孤独感。これはどこにいても抱えているものだったか。特にタイにいるから目立った感覚のように思えるだけか。ああ。私は何を望んでいるのだろうなあ。

家族がいてよかったー。こんな状態で一人って浮上できませんよ。夫がいたり、かーちゃんでいる現実が、私を苦しめると同時に救っているのだと思います。