「定本育児の百科」

2005年12月14日


「定本育児の百科」

  • 松田 道雄 (著)
  • 岩波書店
  • 価格: ¥3,990(税込)

いおぴーが生まれたときにお祝いとしてR-chngから贈られた書籍です。この本に出会わせてもらって、本当に感謝しております。

この書籍は、「最新育児の百科」として1967年の発行以来、何度もの改定を繰り返し150万部以上も売られている大ベストセラーです。その後、1999年の3月に「定本育児の百科」として出版されました。定本版には最後のあとがきが1998年の春に書かれていますが、著者は、1998年6月1日に数え90歳でなくなっています。

あとがきには

「育児の百科」の生命の長さは、この本が私ひとりの作品ではなく、お母さんたちとの共同の作品であるからなのだ。私が不在になったからと言って絶版にするのは、著者の自分勝手というものだろう。それで医学の進歩で変わりやすい部分(新薬の名、病気の死亡率)だけ外して定本として続刊することにした。」
とあります。自らの死をまっすぐに受け止めて、この人生をきれいに仕舞っていく美しい姿勢に感動させられます。亡くなる前日も「育児の百科」の改訂資料にする欧米の医学雑誌を読んでいたそうです。

この書籍を読んででいると、常に子供の立場に立ち、母親を安心させることを大切に考えていることが、扱うテーマや語り口から深く受け取ることができます。とにかく痒いところに手に届くような、どこが痒いかを気づかせてくれたうえにその対処法やそれに伴うこちらの心の不安まで温かく癒してくれるような、もーこれ以上ないくらい懇切丁寧に、さまざまなことが書かれています。

§

妊娠時のことから、父親へのメッセージ、出産時のこと、生まれた日のすごし方から生後1週間までのこと、半月までのこと、1歳までは1ヶ月刻みに、その後6歳までは1年ごとの項目になっていて、親の不安を実によく理解していて、心にぴったり寄り添うような語りかけをしてくれるのです。

核家族化が進み、女性の智慧の伝承が失われている時代に、日本の風土や文化的な基盤に立った育児という視点、そして小児科医として親子と関わり続けること(ラジオの育児相談をしていたこともあるそうです)で時代や家族のあり方という日常の視点を失うことなく、発言されているために、新米母としては常に半歩先を誘導してもらっているような安心感を感じることができます。

働く母親にも温かい眼差しを投げかけていて、保育園に関する長文の項目も設けられています。また家にいる子供、集団生活で暮らす子供への配慮も、父親や周りの人がどのようなサポートをするのかと言うことを含めて月例ごとに丁寧に書かれています。四季の過ごし方まで事細かに書いてあるんですよ!確かに月例が同じでも夏の5ヶ月児と冬の5ヶ月児では、出会う問題が違いますよね。

索引も細かく作ってあり、すぐに探したい項目を見つけることができる点も素晴しいです。なんと「育児の百科 CD-ROM版」というのが発売されていました。検索に関しては、こちらのほうがずっと優れていると思いますが、この本を枕元において、赤ちゃんが寝た隙にちょこちょこ眺めたり、心配な項目を繰り返し読んだりしていたことを思うと、やはり書籍がいいかなと思います。

すべてのことは子供が教えてくれます。子供をよく見ましょう。と良心的な育児関係者からの発言があり(私もそういうことを言ったりするなー。反省。)、書籍もありますが、聞いたこちらは「じゃあ、どうやったらそれができるのよ?」と迷いと不安の中から魂の叫びを上げるわけです。その解決がこの本にはあります。赤ちゃんや母親にどんなことがあるのか?それをどうやってみていくのか?心配することは何で、心配しないでよいことは何なのか?と同時にそれを家庭でどうやって対処するのか?医師や実家、近所の人の話をどのように受け取ればよいのか?

1967年の初版の長いあとがきは、そこだけでも一読の価値がある素晴しい内容です。

「この本では、できるかぎり子供の立場に身を置いて、育児を考えようとした。子供の成長は、ひとつの自然の過程である。自然には自然の摂理がある。風土に密着した民族の長い生活は、たえまない試行錯誤によって、この自然の摂理に適応していった。日本の風土にふさわしい育児は、こうして民族の風習として形づくられた。<中略>子供の立場に身をおこうとするならば、子供にいちばんちかい母親の立場に近づかねばならぬ。子供の自然の成長を尊重するためには、母親におしつけられた不自然を最小にせねばならぬ。不自然とは、不必要な商品をうりつける広告であり、不必要な注射をする「治療」である。」

「医者は医者であるがゆえに信頼されるのでない。どの医者を信じ、どの医者を信じないかは、病人の選ぶことである。自由世界で、医者だけが自由競争から免除されるというのはおかしい。げんざいの官僚式の保険制度が、医者に自由を忘れさせ、病人を愚民あつかいさせているところもみおとせない。公正な裁判官が人民の目をおそれないように、公正な医者は子どもを憂える母親をうるさがらぬだろう。裁判が無実の罪の人を罰してはならぬとおなじに、治療は不必要な注射で子どもをくるしめてはならぬ。」

「私は、この本が保健所ではたらく人たちによまれることを期待する。甲種合格の兵隊をつくるための「健兵対策」として出発した保健所ではあるが、もう画一的な育児指導から脱却しなければならぬ。子どもの成長には、さまざまなのタイプがあっていい。「標準体重」によって優良児と不良児とを区別すべきではない。乳児の指導では、個性に応じて、未経験の母親をはげましてほしい。」

治癒という自然の摂理を大切に思い、命をまっすぐに見ていこうという真摯な態度と孤立する母子を温かい眼差しで包んでいこうという優しさにあふれています。1967年に書かれた文章ですよ。

大ベストセラーとして世代を経て支持されている内容であるということは、多くの親の望むところが提示されているということであるはずなのに、40年近く前の苦言に現在も同意してしまえるのは何故なのでしょうか。母親による小さな育児支援グループがあちこちに活動を続けているのを心の頼りに、少しは前に進んでいる、そのような状態から開放されつつあると信じていたいです。

晩年、著者は、老いること、死ぬこと、また高齢者医療や介護に関する発言を積極的にされていたようです。
「われらいかに死すべきか」
「安楽に死にたい」
などの著作があります。彼の著作リストを見て、育児や医学の他に思想や歴史の本なども著していることを知りました。彼の思想家としての側面を私はほとんど知らないので、これから少しずつ読んでいきたいと思っております。

松田 道雄先生の活動暦をアップしているサイトからいくつかの文章を読むことができます。
また松田道雄文庫の展示会紹介のサイトで
娘さんのインタビュー
を読むことが出来ます。

軽く書籍紹介をするだけのつもりだったのですが、調べていくにつれあまりに興味深い人物で、つい長くなってしまいました。

Posted by shoko at 2005年12月14日 01:38

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