<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<feed version="0.3" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xml:lang="ja">
<title>しょうこ＠ひいらぎ荘</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/" />
<modified>2005-12-15T18:15:13Z</modified>
<tagline></tagline>
<id>tag:www.io-p.net,2007:/shoko//3</id>
<generator url="http://www.movabletype.org/" version="3.2-ja-2">Movable Type</generator>
<copyright>Copyright (c) 2005, shoko</copyright>
<entry>
<title>久しぶりにブログ更新</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/12/post_163.html" />
<modified>2005-12-15T18:15:13Z</modified>
<issued>2005-12-15T18:10:18Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.557</id>
<created>2005-12-15T18:10:18Z</created>
<summary type="text/plain">モバイルギアでちょこちょこブログを書いていくというアイディアは悪くない感じですが...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>日常のあれこれ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.necinfrontia.co.jp/products/pda/mg/mp_mk.htm">モバイルギア</a>でちょこちょこブログを書いていくというアイディアは悪くない感じですが、PCへのデータ移行が面倒でついそのまま放置しているうちにもう12月も半ばに。ええー。驚き。</p>

<p>やっとこんな時間までかかって今まで書いたものをアップしました。ふー。8時過ぎから始めて今までかかっちゃうなんてどういうこと！？自分の人生が何のためにあるのか、ふと疑問に思う午前3時です（涙）。<br />
ちょこっと遡って書いているものもあります。<br />
<a href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_156.html"><br />
ホメオパシー国際セミナー（2005年11月06日）</a></p>

<p>骨董品級の代物でありながら、電池の持ちもよいし、なかなか検討してくれている<a href="http://www.necinfrontia.co.jp/products/pda/mg/mp_mk.htm">モバギくん</a>ですが、いかんせん文字変換が苦手で困ります。キーボードも重くて煩いし。あああ。適切な文字変換が5割くらいの確立でしか出来ない上に、文字変換の動作も悪くてすんごいストレス！何とかならんのか。地道に辞書登録するしかないのか？バッテリーの駆動時間が長くて小型のノートが欲しいよ～。と思って、衝動的にいくつかの懸賞に応募してみました。すんごい脳みその無い行動だ。眠いです。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「定本育児の百科」</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/12/post_162.html" />
<modified>2006-01-03T03:51:08Z</modified>
<issued>2005-12-13T16:38:54Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.556</id>
<created>2005-12-13T16:38:54Z</created>
<summary type="text/plain"> 「定本育児の百科」松田 道雄 (著)岩波書店価格: ￥3,990（税込） いお...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>書籍</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000098500/ionikki-22/ref=nosim"><img class="photo" src="http://images-jp.amazon.com/images/P/4000098500.09.MZZZZZZZ.jpg" alt="" /><br />
「定本育児の百科」</a><ul><li>松田 道雄 (著)</li><li>岩波書店</li><li>価格: ￥3,990（税込）</li></ul></p>

<p>いおぴーが生まれたときにお祝いとしてR-chngから贈られた書籍です。この本に出会わせてもらって、本当に感謝しております。</p>

<p>この書籍は、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000098004/ionikki-22/ref=nosim">「最新育児の百科」</a>として1967年の発行以来、何度もの改定を繰り返し150万部以上も売られている大ベストセラーです。その後、1999年の3月に<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000098500/ionikki-22/ref=nosim">「定本育児の百科」</a>として出版されました。定本版には最後のあとがきが1998年の春に書かれていますが、著者は、1998年6月1日に数え90歳でなくなっています。</p>

<p>あとがきには<strong><blockquote>「育児の百科」の生命の長さは、この本が私ひとりの作品ではなく、お母さんたちとの共同の作品であるからなのだ。私が不在になったからと言って絶版にするのは、著者の自分勝手というものだろう。それで医学の進歩で変わりやすい部分（新薬の名、病気の死亡率）だけ外して定本として続刊することにした。」</blockquote></strong>とあります。自らの死をまっすぐに受け止めて、この人生をきれいに仕舞っていく美しい姿勢に感動させられます。亡くなる前日も「育児の百科」の改訂資料にする欧米の医学雑誌を読んでいたそうです。</p>

<p>この書籍を読んででいると、常に子供の立場に立ち、母親を安心させることを大切に考えていることが、扱うテーマや語り口から深く受け取ることができます。とにかく痒いところに手に届くような、どこが痒いかを気づかせてくれたうえにその対処法やそれに伴うこちらの心の不安まで温かく癒してくれるような、もーこれ以上ないくらい懇切丁寧に、さまざまなことが書かれています。</p>]]>
<![CDATA[<p>妊娠時のことから、父親へのメッセージ、出産時のこと、生まれた日のすごし方から生後1週間までのこと、半月までのこと、1歳までは1ヶ月刻みに、その後6歳までは1年ごとの項目になっていて、親の不安を実によく理解していて、心にぴったり寄り添うような語りかけをしてくれるのです。</p>

<p>核家族化が進み、女性の智慧の伝承が失われている時代に、日本の風土や文化的な基盤に立った育児という視点、そして小児科医として親子と関わり続けること（ラジオの育児相談をしていたこともあるそうです）で時代や家族のあり方という日常の視点を失うことなく、発言されているために、新米母としては常に半歩先を誘導してもらっているような安心感を感じることができます。</p>

<p>働く母親にも温かい眼差しを投げかけていて、保育園に関する長文の項目も設けられています。また家にいる子供、集団生活で暮らす子供への配慮も、父親や周りの人がどのようなサポートをするのかと言うことを含めて月例ごとに丁寧に書かれています。四季の過ごし方まで事細かに書いてあるんですよ！確かに月例が同じでも夏の5ヶ月児と冬の5ヶ月児では、出会う問題が違いますよね。</p>

<p>索引も細かく作ってあり、すぐに探したい項目を見つけることができる点も素晴しいです。なんと<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4001301032/ionikki-22/ref=nosim">「育児の百科 CD-ROM版」</a>というのが発売されていました。検索に関しては、こちらのほうがずっと優れていると思いますが、この本を枕元において、赤ちゃんが寝た隙にちょこちょこ眺めたり、心配な項目を繰り返し読んだりしていたことを思うと、やはり書籍がいいかなと思います。</p>

<p>すべてのことは子供が教えてくれます。子供をよく見ましょう。と良心的な育児関係者からの発言があり（私もそういうことを言ったりするなー。反省。）、書籍もありますが、聞いたこちらは「じゃあ、どうやったらそれができるのよ？」と迷いと不安の中から魂の叫びを上げるわけです。その解決がこの本にはあります。赤ちゃんや母親にどんなことがあるのか？それをどうやってみていくのか？心配することは何で、心配しないでよいことは何なのか？と同時にそれを家庭でどうやって対処するのか？医師や実家、近所の人の話をどのように受け取ればよいのか？</p>

<p>1967年の初版の長いあとがきは、そこだけでも一読の価値がある素晴しい内容です。<br />
<strong><blockquote>「この本では、できるかぎり子供の立場に身を置いて、育児を考えようとした。子供の成長は、ひとつの自然の過程である。自然には自然の摂理がある。風土に密着した民族の長い生活は、たえまない試行錯誤によって、この自然の摂理に適応していった。日本の風土にふさわしい育児は、こうして民族の風習として形づくられた。＜中略＞子供の立場に身をおこうとするならば、子供にいちばんちかい母親の立場に近づかねばならぬ。子供の自然の成長を尊重するためには、母親におしつけられた不自然を最小にせねばならぬ。不自然とは、不必要な商品をうりつける広告であり、不必要な注射をする「治療」である。」</blockquote></strong></p>

<p><strong><blockquote>「医者は医者であるがゆえに信頼されるのでない。どの医者を信じ、どの医者を信じないかは、病人の選ぶことである。自由世界で、医者だけが自由競争から免除されるというのはおかしい。げんざいの官僚式の保険制度が、医者に自由を忘れさせ、病人を愚民あつかいさせているところもみおとせない。公正な裁判官が人民の目をおそれないように、公正な医者は子どもを憂える母親をうるさがらぬだろう。裁判が無実の罪の人を罰してはならぬとおなじに、治療は不必要な注射で子どもをくるしめてはならぬ。」<br />
</blockquote></strong></p>

<p><strong><blockquote>「私は、この本が保健所ではたらく人たちによまれることを期待する。甲種合格の兵隊をつくるための「健兵対策」として出発した保健所ではあるが、もう画一的な育児指導から脱却しなければならぬ。子どもの成長には、さまざまなのタイプがあっていい。「標準体重」によって優良児と不良児とを区別すべきではない。乳児の指導では、個性に応じて、未経験の母親をはげましてほしい。」</blockquote></strong></p>

<p>治癒という自然の摂理を大切に思い、命をまっすぐに見ていこうという真摯な態度と孤立する母子を温かい眼差しで包んでいこうという優しさにあふれています。1967年に書かれた文章ですよ。</p>

<p>大ベストセラーとして世代を経て支持されている内容であるということは、多くの親の望むところが提示されているということであるはずなのに、40年近く前の苦言に現在も同意してしまえるのは何故なのでしょうか。母親による小さな育児支援グループがあちこちに活動を続けているのを心の頼りに、少しは前に進んでいる、そのような状態から開放されつつあると信じていたいです。</p>

<p>晩年、著者は、老いること、死ぬこと、また高齢者医療や介護に関する発言を積極的にされていたようです。<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582763855/ionikki-22/ref=nosim">「われらいかに死すべきか」</a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000024744/ionikki-22/ref=nosim">「安楽に死にたい」</a><br />
などの著作があります。彼の著作リストを見て、育児や医学の他に思想や歴史の本なども著していることを知りました。彼の思想家としての側面を私はほとんど知らないので、これから少しずつ読んでいきたいと思っております。</p>

<p>松田 道雄先生の<a href="http://www.arsvi.com/0w/mtdmco.htm">活動暦をアップしているサイト</a>からいくつかの文章を読むことができます。<br />
また<a href="http://www.lib.kumagaku.ac.jp/oaks/no29/frame.html">松田道雄文庫</a>の展示会紹介のサイトで<a href="http://www.lib.kumagaku.ac.jp/oaks/no29/frame.html"><br />
娘さんのインタビュー</a>を読むことが出来ます。</p>

<p>軽く書籍紹介をするだけのつもりだったのですが、調べていくにつれあまりに興味深い人物で、つい長くなってしまいました。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>明け方の夢2</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/12/2_5.html" />
<modified>2005-12-15T16:38:05Z</modified>
<issued>2005-12-03T23:03:34Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.554</id>
<created>2005-12-03T23:03:34Z</created>
<summary type="text/plain">ホメオパシーのセミナーに参加している夢。そこから場所を移動するときにHさんの双子...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>日常のあれこれ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>ホメオパシーのセミナーに参加している夢。そこから場所を移動するときにHさんの双子の赤ちゃんのうちの一人を預かることになる。まだ生まれて1ヶ月もたたないような赤ちゃん。</p>

<p>移動した先は、医者の集まりで100人以上の人ががやがやと集まっている。横広がりの教室のようなところ。講師らしき人が今後の予定などをあれこれ話をしている。プリズマの翻訳の予定があるようだ。あとどの書籍を翻訳していくのかの話し合いが続けられて、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/155394058X/ionikki-22/ref=nosim">ケントのレパートリー</a>がいらないんじゃないかということになっているらしい。隣の人が<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0685765709/ionikki-22/ref=nosim">ケントのマテリアメディカ</a>もいらないといっている。</p>

<p>そこで私が猛烈に力説し始める。サンカランの<a href="http://www.thespiritofhomoeopathy.com/books/soul/soul.html">「soul of remedies」</a>にも最後にケントとファタックのマテリアメディカからの引用がある。それは原典を読んでいるという前提に基づいて書かれているものであって、それだけを読んでもその真意を理解することは出来ない。サンカランがケントや<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/8170214459/ionikki-22/ref=nosim">ファタックのマテリアメディカ</a>をどう読んで、どの部分をどういった意思で引用しているのか？ということを理解するためには、その読者も両方のマテリアメディカを読んでいるという前提が必要だと熱く語る私。なんだか皆も説得されている。</p>

<p>そこでふと机に寝かされている赤ちゃんに気づく。寒そうにしていて、なんだか少し干からびているみたいな印象。慌てて抱き上げてゆするが力なく抱かれている。もしかしたら、自分がまだ授乳できるかもと思っておっぱいを含ませて見るが、少しだけ吸うとぷいっと吐き出してしまう。少し脱水気味なのだろうか？</p>

<p>そういえば、ずっとオムツも替えていない。オムツと哺乳瓶、ミルクなどの調達を考えて、赤ちゃんを抱いて買い物に出かけようとする。隣の人たちが心配をしてあれこれ私に話しかける。外に小さな薬局があることを私は知っていて、その店にミルクがあるかどうか思いをはせてみるけれど、ふとこの赤ちゃんがミルクを使うときは、アレルギー用のミルクを飲んでいることを思い出して、それが売っているかと不安になる。とにかくどうにかしなくては、と平静を装っているわたし。赤ちゃんは大丈夫だというのはわかっているけれど、赤ちゃんのことを忘れていた自分に対して取り返しのつかない感じの罪悪感と落ち着かない不安感を抱く。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>明け方の夢</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/12/post_159.html" />
<modified>2005-12-15T16:01:21Z</modified>
<issued>2005-12-02T23:54:59Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.553</id>
<created>2005-12-02T23:54:59Z</created>
<summary type="text/plain">芝居の夢。昔風のつくりの芝居小屋、出たところで飲む。江戸歌舞伎といった感じの様子...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>日常のあれこれ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>芝居の夢。昔風のつくりの芝居小屋、出たところで飲む。江戸歌舞伎といった感じの様子だけれども、人も多く色も非常にカラフル。紙吹雪が舞っている、まるで映画の一場面のようです。</p>

<p>テーブルは、やけに高い場所にしつらえてあって、しかもぐらぐらとする常にバランスを取っていないとならない椅子に座って私たちは飲んでいる。最初は、hana-changとそうやって飲んでいるけれど、ふととても危ない場所で飲んでいることに気がついて、非常に怖い。バランスを崩すと落ちて死ぬ感じ。でも平静を保ってなんとかバランスをとりながら、安全な場所は無いかしら、とも思い、おしゃべりしつつも周りをきょろきょろと観察している。</p>

<p>楽屋で座長のKさんにふと呼び止められて、絵の個展をするから観に来てほしいと言われて案内状をもらう。とても嬉しい私。同時にその個展の様子を観る。客席を全部はずした箱型のがらんとした劇場で行われた個展は、とても盛況で、内容は、今まで芝居のポスターなどに使われてきたもの。でも本当のKさんの絵とは違う。歌舞伎絵を少し洋風にした感じのもの。とても素敵な絵だ。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>いおぴーの学校は</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/12/post_158.html" />
<modified>2005-12-15T15:53:46Z</modified>
<issued>2005-12-02T14:56:02Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.552</id>
<created>2005-12-02T14:56:02Z</created>
<summary type="text/plain">いおぴーの来年の動向について主に「学校、どうするの？」「学校、決まった？」という...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>子供の教育</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>いおぴーの来年の動向について主に「学校、どうするの？」「学校、決まった？」というような問いかけで聞かれることが多い夏から秋にかけてのこの数カ月ですが、実はあまり考えていないのですよ。あまりっていうか、きちんとそのことを考えたりしていないのです。</p>

<p>ここでこうありたい！ていうのも特にないし、どうするかの幅があまりに広くて、しかも自分の生活そのものもそれによって大きく変化せざるを得ないというこもあり、ぜんぜん消極的。もー「流されて２」って感じ。（いや、得に深い意味はありません。）</p>

<p>ずっと<a href="http://bokko.bakuhatsu.com/">ホームスクーラー</a>にするつもりだったし。私が面倒を見るわけじゃないけど。imasaが「おとう学校」で過ごしたいなら、今でも基本的にはそれでいいかと思っています。ただ、はらっぱ園に通っていて、この数年間の園での生活によって学校へのレールがいおぴーのなかですっかり出来上がっているので、それが難点です。もう次は学校しかありえないって感じになっています。</p>

<p>私の中でのあれこれは、どれくらい幅が広いかというと、寺子屋的なものを立ち上げることとか、三鷹プロジェクトを蒸し返すとか、タイの田舎の学校へ行って遊んで暮らすとか（バンコクにヴァルドルフ学校があるらしいのでそれもいいかも）、インドで<a href="http://education.vsnl.com/kfimumbai/BalAnand.htm">クリシュナムルティの学校</a>に行くとか、<a href="http://www.vws.bc.ca/2005/index.html">バンクーバー</a>とか<a href="http://www.ch.steiner.school.nz/frames.html">ＮＺ</a>の<a href="http://www.anthroposophy.net/component/option,com_bookmarks/Itemid,100/mode,0/catid,23/">ヴァルドルフ学校</a>もいいなとか。やっぱり暖かいところで日本語が通じたほうがいいから沖縄かな、とか。沖縄には、行ったことないんですけどね。</p>]]>
<![CDATA[<p>漠然とそんなことを思っていつつ、現実のエネルギーに流されて結局今のところ、やったことは<a href="http://www.steiner.ed.jp/index.php">藤野シュタイナー学園</a>に願書を出しただけです。あ、あと伊達にも遊びに行きましたが。その時に、<a href="http://www.wicc.tv/izumi/index.html">いずみの学校</a>の校舎をちょろっと見せてもらいました。友人が<a href="http://school.kyotanabe-steiner.jp/">京田辺</a>にいて話をいろいろ聞いたけど、結局遊びに行くこともなく、<a href="http://homepage3.nifty.com/testpage/">横浜シュタイナー学園</a>とか<a href="http://www1.neweb.ne.jp/wa/kenji/">賢治の学校</a>とか国立の<a href="http://www.e-motorcycle.jp/u/index.html">遊</a>とか見に行くのかな？と思っていましたが、行かないままに来年度の募集は皆終わっているような状態です。</p>

<p>関東の冬が本当に嫌いなので、藤野に住むなんてあり得ないのですが、知人も多いし、コミュニティとしてさまざまな経験を経ているし、なんといってもワイリーコヨーテさんのお傍に。という気持ちから願書を出して、親が２回、子どもが１回面談に行きましたが、先日不合格の通知が来ました。やはりご縁は､無かったようです。シュタイナー教育的にみたら、ぜんぜん違和感ある親ですし、ワシ。</p>

<p>目覚め過ぎているいおぴーの脳もヴァルドルフ学校では、問題児。でもだからこそシュタイナー的な教育の場が必要だと思うんですけどね。現代の一般的な教育の場では、いおぴーのような子どもは、きっとクラス運営に利用されるか、嫌がられるかどちらかだと思うから。自分でどんどん頭を使って学んでしまうのをまっとうな意味で問題にしてくれる場が必要だとおもうんですよ。いおぴーには。</p>

<p>はらっぱ園での３年間で実際にねじが緩んでいくいおぴーをみて、教育の力をいやがおうにも実感させられているのです。そして、せっかく育てたこの「阿呆」をこのまま大切に育てたいわけです。失うのは簡単ですからね。でもって、そもそも頭をどんどん勝手に使ってしまう場が我が家にあるわけですよ。なんかシャープさというか突っ込んでいく感じが。だからこそいおぴーがそんな娘としてわが家にいるんだと思うのですが。</p>

<p>いおぴーもきっといろんなことを心配しているんだろうなと思いますよ。かーちゃんが身勝手な呆けで、何時いなくなるかわからないとか、まーいろいろ。ああ。なんか書いていて呆れてきました。親失格な自分。（涙）</p>

<p>大きな希望は、これまでずっと周りの人や場に恵まれてきたということですかね。いおぴーが持って生まれて来れた徳だと思います。おかげさまでそんなひどい親の元に育ちながらも、いおぴーはこの世の中や命を信頼して、安心して生きているように見えます。公園でもしょっちゅう知らない人とおしゃべりして、いつのまにか自分の遊びに巻き込んでいるし。彼女にとってこの世界はとても安全で、安心して自分でいられる場のようです。</p>

<p>そしてはらっぱ園という素晴らしい環境でどんどん頭のねじも緩んでいるし。今、時系列がバラバラです。先生にも「若返りの水を飲んでいる」と言われています。本当にこんなことがあるのですね。この経験がなかったら、教育の力というものの価値を本当には解らないでいただろうと思います。命はどんな環境であっても善く生きるものだということだけを思っていたし、どんな環境でも幸せに生きると思っているので。でもだからといって「教育の力」という実に大きな刺激のことを考えなくてよいということでは無いですね。まー結局は、常に我が家にとっての最善は、そして必然が何か？ということでしかないとも思いますが。その辺は、健康を考えることと同じかな。</p>

<p>藤野シュタイナー学園から不合格の通知をもらうのは、ある種の権威から否定されるようなことで、矮小な私は何か切り捨てられるようなショックをどこかで受けています。が、実際のところ、自分のcentre of the caseにフォーカスすると捨てられて当然というか、そこにこの物語の中心がないのだから学校側も受け入れようがないのだろう。ということがわかります。なので心の奥底で自分でも気づかないくらい僅かに、そして落ち着きなく共鳴しているのは、学校がどうこうということとはまったく関係の無い、私の個人的な何かなのですね。なんだかどんどんと重箱の隅の小さな何かを掘り起こしていくことが、勝手に進んでいるんだなあ。これが超感覚への入り口となっていくのでしょうか。ほんとに？</p>

<p>私たち家族にどんな素晴しい場が用意されているのか、今の私には知る由もありませんが、ふさわしい場が用意されているのだという妙な安心感、信頼感のようなものが確固としてある。ので、すべてはおまかせで流れていくことにします。それにしてもどうしてimasaは、あんなに安心していられるのでしょうか。善き子ども時代をすごしたからでしょうか。人生や自分に対して、すんごい信頼しているんですよねー。私も占いで言われた座右の銘であるところの「果報は寝て待て」を忘れないようにしなくちゃ。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>我が家のセルフケア</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_160.html" />
<modified>2005-12-15T16:36:34Z</modified>
<issued>2005-11-21T16:20:28Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.555</id>
<created>2005-11-21T16:20:28Z</created>
<summary type="text/plain">そろそろインフルエンザの季節ですね。毎年この時期になるとインフルエンザの予防や対...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>我が家のケア</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>そろそろ<a href="http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/">インフルエンザ</a>の季節ですね。毎年この時期になるとインフルエンザの予防や対処法についての質問を受けます。我が家がどのように対処しているのか？というのが気になるところでもあるらしいですが「何も考えていない。そして何も対処していない。」のです。理由は「ずぼらだから」です（苦笑）。</p>

<p>病とは何か？予防とは何か？ということが、この対処法を考える基盤として必須な部分だと思います。この健康観というか人生観というかこの世（とあの世も含めて、というとあやし過ぎますか。<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4486014855/ionikki-22/ref=nosim">「虚数の情緒」</a>。って何も関係ないです。すみません。HAOH生徒のみ苦笑してやってください。）の理の上に成り立つこの対処法というやつですが、そうなると一般論というのはなくて、個々の健康観・人生観に成り立つ「その時に出来ること。そうせざるを得ないこと。」でしかないように思います。と、いってしまうと元も子もない感じですか？ </p>

<p>病や予防について、それが一体何なのか？ということを自分の内に問い掛けない、自分の家族に問い掛けないままに日常的に病に対峙することを（かつての私同様に）多くの人が無意識にやっていると思いますが、それは実はかなりしんどいことなんじゃないかとおもいます。病気に対する大きな不安を抱え続けて、でも自然治癒を望み、しかもその治癒をサポートする知識をもたないでいることって、まるでふきっさらしの荒野に一人裸で佇んで、しかもその場から動くつもりは全然ない、状態でいるようなものです。</p>

<p>１００の対処法よりも一つの指針となる健康観を持ちましょう。そうすれば自分の望み安心できる対処法や治療者がいくらでも芋づる式に付いてきます。その健康観を足掛かりに辿って行かれる道があるはずです。あ、ここではこんな話を書くつもりじゃなかったんだけどつい書いてしまったわ。ついくどくど言いたくなるネタなんですよね。現在の私的に。もう少し成長すればこんなこと言わない私になると思うのですが、まだまだ未熟で（恥）。</p>]]>
<![CDATA[<p>あえて我が家の対処法を言うとすれば、できるだけ安定した健全な衣食住を心掛けるということですが、実際は「そうしたい」というレベルであって、ぜんぜん出来ていません（涙）。でも心にはとめています。そしてその視点からの観察ですね。現在どういう状態なのか、この頃どんな生活をしているか、それは気をつけてみています。だから体調を崩したとしてもそんなに驚きません。困るけど。</p>

<p>すんごい低レベルの話ですが、季節の野菜が中心の食事を心掛けて食べ過ぎないようにしています。それから水分の不足に気をつけるようにしています。そして便秘や冷えにも気をつけています。過剰な刺激を受けない日常というのも案外、健康にとって大切なのじゃないかとＴＶを観なくなってから実感しています。繰り返される（主にネティブな）ニュース情報というのに、実はもんのすごくやられているんじゃないかと思うわけです。</p>

<p>ま、そんなわけで特定の病に対する特別の対処法はしていません。なにか困ったことが起こったときに、困ろうというスタンスです。実際に困ったことになったら、衣食住を含む生活のリズムの見直しと共に、フラワーレメディやセルフケア的なボディワークをためします。足揉みやクレニオセイクラルや野口体操とかゆる体操などです。たいていそこで治癒を見るのでそれ以上のことをする必要は感じないのです。</p>

<p>足湯とかひまし油湿布とかいわゆる手当法やクレイセラピーや腸洗浄などは、すごく効果があるのですが、面倒くさいので、湧き出るような欲求とか、よほどの必要性を感じないとやりません。ずぼらなのです。どうしようもなく。</p>

<p>ティッシューソルトが思い浮かぶような症状であれば、ティッシューソルトも使ってみるかもしれません。ホメオパシーのレメディもこれというのが思い当たれば使いますが、あまり使ったことがありません。「これ」って感じにならないことがほとんどなので（涙）。勉強不足が身に染みるこの頃です。</p>

<p>う。もっと具体的な対処法を書こうと思っていたのですが。なんだかまたもや曖昧なことばかりを書いてしまいましたね。少しずつ対処法の詳細も書いていきたいと思っておりますが、冬が終わらないうちに書くのかな。ワシ。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>はらっぱフェア</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_157.html" />
<modified>2005-12-15T14:55:14Z</modified>
<issued>2005-11-21T14:38:32Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.551</id>
<created>2005-11-21T14:38:32Z</created>
<summary type="text/plain">毎回、バッチフラワーのミニセッションをするブースを持っていましたが、今回が保護者...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>日常のあれこれ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>毎回、バッチフラワーのミニセッションをするブースを持っていましたが、今回が保護者として最後のフェアなので、一度くらいスタッフとして働こうなどと思い、チコさんの2代目としてスープ売りをしてみました。</p>

<p>バッチフラワーのブースは、鉄人138号さんにお任せです。お昼までという約束だったのですが、午後の約束の相手もフェアでブースを出してくれていたので、結局、最後まで働いてもらっちゃいました。ありがとうございます。</p>

<p>握っていったおむすびはあっという間に売り切れて、スープもフェアが終わる頃には売れてしまい、なかなかやりがいのある一日でした。雑穀を入れたお醤油とお味噌味の焼きおむすびは、お味噌味から売れていましたね。今後の参考にさせていただきます。</p>

<p>そういうわけで、なべのそばから片時も離れることができずにいたのですが、終わり近くにやっと、<a href="http://lulu-manjano.com/">LuLu Manjano</a>こと<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/manjano/">なおっち</a>の前世リーディングを受てみました。ぜんぜん期待もなくただなおっちと話がしたくて受けたのですけど、思いのほか楽しくてよい時間でした。日頃なんとなく私が抱えている不安は、自分のバイタルフォースの強さについてです。実は私の病理はすごく深くて、精神的にそーとーに病んでいるために肉体が強いんじゃないか、とかそんなようなことを常日頃考えているのです。病理が深いとその病に軽い病が飲み込まれてしまうために風邪もひかなかったりするのです。</p>]]>
<![CDATA[<p>なおっちの見立てでは、私のこのところの鬱状態は、とっても表面的なもので、内面はぜんぜん健康。まー気のせいみたいな物らしいです（涙）。「なんかさー。病気になりたいみたいなんだけどー。」と言ってみたけど「ぜんぜん、そんなじゃないです」と言われました。ああ。自分の健全なバイタフォースが呪わしいよお。躍進する前の助走のようなもの。より高く飛ぶためにより深くかがんでいるようなものだから。と励まされました。そのわりには長すぎる助走のように思うけど。好きで鬱っているんだろうか。わざわざ体力と気力を使って。愚かだ。あまりに。</p>

<p>さて、なおっちが見たのは産業革命が始まる頃のヨーロッパ。私は農作をしたり手仕事をしたり、大地に根差したスローライフを送っている。世の中の流れは、より効率優先になっていくけれど、私はあえてそれに逆らっている。というもの。現世での私は、これまでその経験と財産で生きていたらしいです。でも今世の私は、ここから何か新しいことを生み出さなくてはいけないくて、それが産みの苦しみを呼んでいるのかも知れません。それは来世にまわしてくれないかなー。私はありものでいいんだけどなー。</p>

<p>そういえば以前タイで占星術をみていただいたときに、縁を感じるのはイタリア、それから糸と針だと言われたことがありました。刺繍とかいいわねーなどと言われたのでした。そのときに（占星術なのに）なぜか語られた前世は、なんらかの競技選手で生涯勝ち続けで負け知らずという人生。常に勝たなくてはならないというプレッシャーを感じていたので、今世では競争が嫌いでしょう？競争を避ける人生を選んでると言われました。確かに私の中に競争って無い。勝ってもそれほど嬉しくないし、でも負けるのは嫌でゲームを楽しめないタイプです。そもそもゲームに興味がないし。確かに負けることにある種の恐怖があるのかもしれないなーとそのときに初めて思いました。出来てあたりまえで、出来ないこと、ハードルを乗り越えられないという選択はない。誰が決めたのかわからないけど、なんだかそれが決まっているようなところがある、と言えばあるのかもしれません。</p>

<p>さて、なおっちのリーディングによるやるべきことは、体を動かすこと。今までやったことがないようなことをやってみること。それを経験して、それを自分がどう受け止めるのかを感じてみることが大切だそうです。そのキーワードとしては、女性性とリラックス。それってストッキングを履くとかそういうことですか！？</p>

<p>後半、ＲＨＡがお出ましになってエネルギーを流してくれました。がつんと骨っぽいお方でした。それでよい。出来れば素晴らしいし、出来なくても自分を責めなない。</p>

<p>それにしても今までやったことないことって、なんだろう？<br />
「昨日、やったことないことしたけど。<a href="http://www.musashino-kaikan.com/index.htm">健康ランドみたいな日帰り温泉</a>へ行って、ムームー着て、おやじのカラオケを聞きながらお昼ご飯を食べて、ぜんぜん欲しくないものばっかりのビンゴをやった。」そうそう、そんな感じです。それは楽しかった？「ぜんぜん、楽しくなかった。温泉はよかったけど。」なんか楽しいことにしてください。</p>

<p>やったことないことって、なんだろうか？結構、いろんなことをやったよなー。パンプス履く生活もしたことも（いちおー）あるし、爪を伸ばしていたこともあるし、坊主にしたこともある。「この頃していないことでいいんですよ。スカート履くとか、経済的に許される範囲でなんでもいいからやってみてください。爪の手入れをしてそこに石をつけちゃうみたいなことでいいんです。それで何を感じるかが大事なんです。」とのことなので、女性らしくて気持ちのよいことをちょいと考えてみようと思います。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>イリドロジー（虹彩学）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_155.html" />
<modified>2005-11-23T00:10:26Z</modified>
<issued>2005-11-20T13:45:27Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.528</id>
<created>2005-11-20T13:45:27Z</created>
<summary type="text/plain">虹彩学とは？ ハンガリーで始まったらしい診断法なのですが、瞳の有様を見てその人の...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>治癒・健康に関すること</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.iris.bz/index.html">虹彩学とは？</a></p>

<p>ハンガリーで始まったらしい診断法なのですが、瞳の有様を見てその人の有様を理解しようというものです。このハンガリーのDr.Ignatz von Peczery(1826～1911)は、外科医にしてホメオパスだったらしいのです。おおー、知らなかった。イリドロジーとホメオパシーって関係が深かったのか！私は、偶然興味を持ったんですが。</p>

<p>これは、反射区の考え方ですね。一般的には足の裏の反射区などが有名ですが。おおー。こんな本を書いている人がいるのか。面白そうです。</p>

<p><a href="http://www.e-ep.jp/cgi-db/s_db/kensakutan.cgi?j1=4-7825-tt-094">「局所診断治療学―反射理論とその実際」</a>　吉元昭治（医博）著</p>

<p>この瞳の反射区図は、アメリカのDr.Bernard JensenとイギリスのMr.James Coltonのものが一般的なようですが、中国でも研究されている様子。</p>

<p>ずいぶん以前から勉強してみたいと思っているのですが、日本で学べるようなクラスがみつけられずに今に至っております。どこかで臨床のための勉強ができないかなー。</p>]]>
<![CDATA[<p>日本語での書籍もあまり充実しているとは言えず、とりあえずアマゾンで扱っているのは、この2冊でした。</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/488282406X/ionikki-22/ref=nosim">「眼をみてわかる健康診断―健康上のリスクを突きとめる画期的な実践虹彩学」</a><br />
ピーター ジャクソン・メイン (著), Peter Jackson‐Main (原著), 鈴木 宏子 (翻訳), 野田 邦雄</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490160919X/ionikki-22/ref=nosim"><br />
「診断革命―虹彩診断による治療と予防」</a>　新城 三六 (著)</p>

<p>この新城先生という方は、大阪で<a href="http://www.iris-club.com/index.html#top_html">鍼灸治療院</a>を開業されていて、東洋虹彩分析協会というのを主催されていらっしゃいます。一度、行ってみたいです。ぜひとも。</p>

<p>治療院および協会のウェブサイト上に<a href="http://www.iris-club.com/menu3.html">虹彩分析の研究を発表</a>されているのみならず、<a href="http://blog.goo.ne.jp/shinjo_mitsuroku">「ハリックの診断即治療＆虹彩」</a>というブログも持たれていて、積極的活動されている様子。気になります。</p>

<p>で、この虹彩の写真をどうやってとるのか？というのが臨床に興味がある私としては気になるところなんですが、日本でも何社か虹彩を撮影する機械を作っているのですね。それはほとんどイリドロジーのためではなくて、虹彩による個人特定のための機械なのですが。</p>

<p><a href="http://www.iritech.co.jp/">アイリテック株式会社</a>という専門会社があるのを発見しました。<a href="http://www.iritech.co.jp/product/i-con2000.html">I-CON 2000</a>なんか素敵じゃないですか。</p>

<p><a href="http://www.oki.com/jp/Home/JIS/New/OKI-News/2001/11/z0190.html">携帯用</a>もあって、手ごろな値段なのでこれが使えるんだったら便利だなー。</p>

<p>あとは<a href="http://www.eyescan.tv/es.html">虹彩占い</a>なんていうのもあるらしく、これもイベント用などに使用するためのソフトが売られています。高そうだけど。（前述のアイリテック社では、ゲーセン用のプリクラの機械みたいなものもあるんですね。）</p>

<p>これを見ると虹彩の撮影には、普通のデジタルカメラでもOKのように見受けられますが、本当？と思ってちょこっと調べたら<a href="http://blog.goo.ne.jp/shinjo_mitsuroku/d/20050527">新城先生のブログに書いてありました</a>よ。素敵。でもどうやって撮影するのだろうか。謎は深まるばかり。</p>

<p>あちこちさ迷い歩いていたら、<a href="http://www.f-loft.com/qandapage01.htm">鳥の虹彩を撮影するノウハウ</a>が出ていました。インターネットって深い。</p>

<p>いろいろとインターネット上をさまよってみましたが、私が検索した限りでは（ということは、あまり当てにならないということでもありますが）、日本でちゃんと臨床・研究しているのは、もしかしたら新城先生くらい？なのでしょうか？</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>ぼちぼち行こう</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_154.html" />
<modified>2005-11-19T08:38:07Z</modified>
<issued>2005-11-19T08:14:49Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.527</id>
<created>2005-11-19T08:14:49Z</created>
<summary type="text/plain">ここんところ忙しさが加速していたのですが、その必然としていおぴーのアトピー発症・...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>日常のあれこれ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>ここんところ忙しさが加速していたのですが、その必然としていおぴーのアトピー発症・悪化があり、ますます私の日常が複雑にそして拘束されることも多くなり、そして仕事や勉強がたまっていくという悪循環が繰り返されています。</p>

<p>台所に立つ時間が増えたのは、良いことかもしれないです。</p>

<p>化石と化しつつある<a href="http://www.necinfrontia.co.jp/products/pda/mg/mp_mk.htm">mobile gear mk1</a>を我が家の押入れから復活させてみました。これを持ち歩いて、少しずつブログネタを書いていこうともくろんでいますが、今のところそんな時間が取れたのは、1回だけ。そもそも集中して能動的なことが出来る時間帯に、一人で作業することが出来ないことが問題なのでわ？まあ、そんなこんなな状況ですが、今、強引に昼寝をしてちょっと復活しました。ブログもぼちぼちやっていくです。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>ホメオパシー国際セミナー</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/11/post_156.html" />
<modified>2005-12-15T14:36:50Z</modified>
<issued>2005-11-06T13:41:48Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.550</id>
<created>2005-11-06T13:41:48Z</created>
<summary type="text/plain">毎年恒例、ハーネマンアカデミー主催の国際セミナー。今年は、ジェレミー・シェア氏の...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>ホメオパシー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>毎年恒例、ハーネマンアカデミー主催の<a href="http://nihon-homeopathy.net/archives/symposium/index.htm">国際セミナー</a>。今年は、<a href="http://nihon-homeopathy.net/archives/world-hom.htm#Share">ジェレミー・シェア氏</a>の<a href="http://nihon-homeopathy.net/kokusai-semi2005-end.htm">4日間のセミナー</a>がありました。その輝かしい経歴などから事前に想像していたジェレミーとは、印象がずいぶん違いました。自分がどんどんと花開いていく感触があって、想像していたよりもずっと良い時間を過すことができました。嬉しい。</p>

<p>プルービングの実践によって、私たちの口からそのレメディの言葉を見出すこと。その言葉を足がかりにそのレメディのクオリティを見出そうという作業。そのクオリティを見出す作業を経て、私たちのクオリティにより近づいていこうというあり方。そのどれもが、私をしてジェレミーによるプルービングのあれこれを再認識させるものでした。</p>

<p>より個人的な作業というか人生の過程での必然としてのプルービングであり、臨床であり、教育であるのでしょうねえ。そこに健全さや誠実さ、そして私たち生徒へ同じように手渡されている何か、を感じます。先日、はらっぱ園のミーティングでのお祈りのときに（全体ミーティングは、いつもお祈りから始められます。）「この世の闇がますます深くなっていく中、私たち一人一人の心にともした灯りをより輝かせていく」と言う言葉がありましたが、それですよね。それ。</p>]]>
<![CDATA[<p>私たちがこの世の現象に対して忠実に、そして誠実に向き合うこと。そのための、そのような日常を送ることによって、私たち一人一人が心の光をより輝かせることとなり、それがより善きホメオパスへの道であります。その一人一人の日常（日々の臨床や実験実証、そしてその発表や教育）の集大成によって、より現実感のある、信頼に足るホメオパシーというものが存在するのではないかと思うわけです。</p>

<p>人がどのように人に肉薄していくのか？どのようにこの世界を読み解いていくのか？とぐーっと入り込んでいくような<a href="http://nihon-homeopathy.net/archives/world-hom.htm#rajan">サンカラン</a>を中心としたボンベイグループや自然科学的な視点からマテリアメディカを再構築している<a href="http://nihon-homeopathy.net/archives/world-hom.htm#Mangialavori">マッシモ・マンジアァラヴォリ</a>、周期律表に宇宙を見る<a href="http://nihon-homeopathy.net/archives/world-hom.htm#Scholten">ショルテン</a>など、自分の力で手がかりになるものを見出していく努力を続けて、臨床を重ねることで内的な光を輝かせようとする個々のあり方が、ホメオパシーという大きな世界を作り上げているのでしょう。</p>

<p>ジェレミーは、なにか彼の信ずる根底があって、それを生きようとしているのを感じます。万物の法則に沿ったものであるところのホメオパシーを愛し、それを生きているわけですが、もしこの世にホメオパシーが無くても同じような生を生きるのだろうと、ホメオパシーが無くても終わらないのだろうと感じました。</p>

<p>ま、そんなこんなことは、私の勝手な妄想ですけどね。</p>

<p>もちろんホメオパシーの世界に於もホメオパシー業界と呼びたくなるようなものはあるわけで、その場でどっぷり生きている人の何かは、ホメオパシーがなくなると、なくなってしまうのでしょう。そこにはクオリティとかエッセンスとか呼びたくなるようなものは無いのだろうと思います。</p>

<p>白鳥のレメディ(Cygnus cygnus)の解説で、いくつかの神話や伝説の物語が語られました。ちょうど夏にまとめて河合隼雄氏の著作を読んだこともあって、キャッチーでしたね。なんだか。<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006000715/ionikki-22/ref=nosim">「昔話と日本人の心 」</a>などに語られているように、世界のあちこちで共通した物語が見られることとレメディのクオリティというものに共通する何かを感じました。なぜ、すべての命あるものにレメディが共鳴するのか。そしてまた独自の特殊な物語のあり方の中に、日本人の言葉で語られるマテリアメディカの必要性や可能性を感じるのでした。それは相反するようなことではなくて、同じひとつのレメディの中にあるものです。</p>

<p>Cygnus cygnusについては、<a href="http://www.dynamis.edu/eng/shop.htm">「Dynamic Provings Volume II」</a>という書籍に詳細が記載されているようです。別種の<a href="http://www.hominf.org/swan/swanfr.htm">白鳥のレメディ（Cygnus Bewickii）</a>のプルービングに関してはウェブ上で詳細を読むことが出来ます。</p>

<p>どのように自分自身の感覚や思考を通してレメディや命のユニークさに光を当てていくのか。それは自分自身を見出す旅でもあるのでしょうねえ。あー。なんか私。自分が「いってらっしゃ～い。」と旅に出る人を見送る側にいるような気がします。ホメオパシーの学校に在籍していながら、そんな場所にいる気がする自分て酷過ぎます。無責任にして怠惰すぎませんか！それは。</p>

<p>せめて線香くらいの明かりしかない私の心の灯火を消さないようにしないとね。すんごいレベルの低い目標ですが。</p>

<p>またノートを読み返しつつ、ジェレミーの素晴しき旅について妄想を広げましょう。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>「鏡花まつり」花組芝居・大阪公演、と！そして。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/10/post_152.html" />
<modified>2005-10-19T13:22:28Z</modified>
<issued>2005-10-19T10:35:41Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.500</id>
<created>2005-10-19T10:35:41Z</created>
<summary type="text/plain">さて、昨日私が観に行った花組芝居の公演は、今日が東京の楽日だったのです。残念。今...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>舞台</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>さて、昨日私が観に行った花組芝居の公演は、今日が東京の楽日だったのです。残念。今週末、大阪への旅公演があるらしいので、関西の皆様には、どうぞ足をお運びくださいませ。泉鏡花がお好きなら、楽しめること間違いなしだと思います。</p>

<p>～<a href="http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/05-2-4-25.html">鏡花まつり</a>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～<br />
「泉鏡花の日本橋」＆「泉鏡花の草迷宮」<br />
二演目日替わり上演<br />
　【大阪公演】松下IMPホール　2005年10月22日(土)～23日(日)<br />
詳細は、<a href="http://www.hanagumi.ne.jp/">花組芝居のウェブサイト</a>にて。<br />
（って、いまそのページにリンクしようとしたらできないじゃん。トップページから左上にある「ただいま公演中」の枠組みをクリックして見てください。正しいウェブサイト作りを検討して欲しいところです。悲しい。）</p>

<p>「泉鏡花の日本橋」<br />
1998年、シアタートラムにて初演。<br />
いくつもの鏡花作品に挑んできた花組芝居が、「物の怪の出ない鏡花もの」として真っ向から戯曲に挑んだ“正統派”作品。<br />
　　<br />
雛の節句のあくる晩、春で、朧で、御縁日。同じ栄螺と蛤を放して、巡査の帳面に、名を並べて、女房と名告つて、一所に詣る西河岸の、お地蔵様が縁結び。<br />
これで出来なきや、日本は暗夜だわ。</p>

<p>「泉鏡花の草迷宮」<br />
1993年、タイニイ・アリスにて初演。<br />
「控櫓興行」の名を冠して行われたこの作品は、少ない演者と、小さな劇場で<br />
“凝縮された花組鏡花ワールド”を作り上げた。</p>

<p>夢とも、現とも、幻とも……目に見えるようで、口には謂えぬ――そして、優しい、懐しい、美しい母の胸を見るような心持の――唄なんですが、その文句を忘れたので、命にかけて、憧憬れて、それを聞きたいと思いますんです。<br />
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>

<p>すっかり演劇界から遠ざかっているために、前回の芝居も観はぐっているわたくしです。ロビーで花組通信の募集をしていたので入会しようか、としたら止められました。うーん、また気がついたらいろいろ終わってそうな気がします。</p>

<p>今、ウェブを見たら、１０月２８日（金）<a href="http://www.banzai1za.jp/aoki2005/aoki.html">「青木さん家の奥さん」</a>に座長がゲスト出演するそうじゃないですか。あの！<a href="http://www.banzai1za.jp/rekisi/v7.html">「青木さん家の奥さん」</a>ですよ（と独り勝手に大興奮）。制作時代のらぶりーであった内藤さんが主催する<a href="http://www.banzai1za.jp/">南河内万歳一座</a>です。しかも三鷹で。行かなきゃ嘘でしょ状態になっております。今、この瞬間のわたくし。どうしよー。るるるー。</p>

<p>って、初演の情報とか無いかと検索してたら<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4924747157/250-7618626-9526622">こんなの</a>や<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0002MFHMM/250-7618626-9526622">こんなの</a>が引っかかりました。ふーん。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「日本橋」「草迷宮」花組芝居</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/10/post_151.html" />
<modified>2005-10-19T13:17:44Z</modified>
<issued>2005-10-18T13:13:18Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.499</id>
<created>2005-10-18T13:13:18Z</created>
<summary type="text/plain">R-changのブログを読んで花組芝居の公演中であることを知りました。かくも私と...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>舞台</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>R-changのブログを読んで<a href="http://www.hanagumi.ne.jp/">花組芝居</a>の公演中であることを知りました。かくも私と演劇界は遠く離れた世界となったということです。寂しい。</p>

<p>今回上演されている「日本橋」はとても好きな演目なので、見過ごさずにすんで本当に良かったな～。R-chang、ありがとう～。</p>

<p>久しぶりの観劇で、自分の中の違和感や喜びや寂しさや、まあさまざまな感情と感覚をかみ締めることとなったわけですが、それがとてもホメオパシックな視線や感覚でもあり、無縁なことは何もないな、とか、これまでのあれこれを経験した私が今ここにいるわけか、とか、当たり前のことにしみじみする自分がいるのでした。</p>

<p>可愛らしく美しく深遠で哀しいものを舞台にみて、私の中にあるホメオパシーがクリスタルの大きな結晶のように静かに深く光り輝くのでした。うーん。なんか泣いちゃいましたね。勝手に私の中の何かと共鳴してしまっているんですけどね。１０年ひと昔とはよく言ったものだなあ、と思うわけですが、１０年後である今と、今からの１０年後のあれこれを思うと、またせつなくなったり希望を持ったり。まー、いろいろです。</p>]]>
<![CDATA[<p>k-changの婆を見れたのも、大きな収穫と喜びでっす。とてもとてもお気に入りのものなので。なーんて一つ一つの役を思ってみると、またあれこれ語りたくなってしまうので、これくらいにしておきましょう。</p>

<p><a href="http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/frame.html">世田谷のパブリックシアター</a>は、会館内にある保育所と契約をしていて、１公演２千円で託児を頼めることもあり、久しぶりにいおぴー同行で劇場へ行きました。私がマチネで「日本橋」を観ているあいだ、いおぴーは託児室で小さい子の面倒を良くみていたそうで、お迎えに行ったときに保育士さんたちに感謝されました。私が知らない、たぶん今後も知る機会がないだろういおぴーです。そんな時間が楽しかったみたいで、また来たいといっていました。</p>

<p>挨拶でもして帰ろうと楽屋へ寄ると、大きくなったいおぴーに皆びっくり。いおぴーは照れて「いおは、チビだよ。」と言っていましたけれどね。はらっぱ園で自分よりも背の高い年中さんがいることが少し気になっているみたいです。</p>

<p>小さい頃から楽屋で過ごしていたいおぴーにとっては、どこか居心地の良い場所なのでしょうか。それとも皆がやさしく相手をしてくれるからでしょうか。帰りたくなくて、仕込み直しをしている衣裳部屋でずっとおしゃべりをしています。</p>

<p>初演で清葉を演じたyさんはマチネには出ていなくて、夜の「草迷宮」で菖蒲をやるらしい。夜の部しか出ていない役者たちに「観て行かないの？」と言われるともちろん観たいわけなのですが、チケットは完売だし、いおぴーもいるので遅くなるわけにも行かないし、とぐずぐず言う横で「２時間も無いからすぐ終わるよ。」と悪魔のささやきが。</p>

<p>居心地も良いので衣裳部屋のモニターで芝居を見て、適当な時間でお暇するという話にまとまりました。役者たちの着替えをじっと興味深げに見るいおぴー。すいかやなすびにおののきながら、着替え終わって舞台に出て行く役者をモニターでチェックしております。さすがに５歳ともなると赤っ面では泣かなくなりました。以前、楽屋託児をしたときに良く面倒を見てくれて、いおぴーも大好きで抱かれていたRは、今回うさぎで可愛かったことも幸いし、またもや膝に抱かれて記念写真を撮りました。（携帯電話ってこんなとき便利ですよね。でも写りが悪いのでimasaには不評。カメラを持っていくことは思いつきませんでした。）</p>

<p>そんなこんなで遅くなってしまい、芝居が終わる前に楽屋を出ることは出来ましたが、ロビーでまたもや足止めとなり、そうこうするうちに菖蒲が踊って、それに私が後ろ髪を引かれ、結局「お客さんが出てくるところを見たい」といういおぴーの粘り勝ちで終わりまでいることになりました。とほほん。ワシって大人失格。客席の扉が開いて、わーっと出てくるお客の波に押されるようにして小屋をあとにしましたが、いおぴーはそんな雰囲気が本当に気に入っている様子で、３つ後の魂百まで？ってこんなことにもある？？のでしょうか？長い芝居じゃなくてよかったです。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>マテリアメディカを経験すること</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/10/post_153.html" />
<modified>2005-10-19T12:01:15Z</modified>
<issued>2005-10-16T14:41:22Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.501</id>
<created>2005-10-16T14:41:22Z</created>
<summary type="text/plain">今週末は、ハーネマンアカデミーの授業でした。２日間で全日びっちりかけて１日１ケー...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>ホメオパシー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>今週末は、ハーネマンアカデミーの授業でした。２日間で全日びっちりかけて１日１ケースをやりました。どちらのケースも深く深く私の心に染み入りましたね。</p>

<p>９月末に出たホメオパシーのセミナーで、臨床で得たものはあなただけの財産だという言葉がありましたが、なるほどそのとおりだと思わせられる２日間でした。</p>

<p>そのレメディの質感を体験することは、そのレメディを必要としている人の質感であり、そのレメディを必要としている人それぞれは、まったく違う人々、とても同じレメディの人々とは思えないように見えて、でもその本質的な質感が、そのレメディであるというわけです。まさしく生きたマテリアメディカです。うーん。こんな風に書くと全然感動的じゃないんですけどね。文章力の問題なのか、まだ私に実感として内在化していないことなのか。そーよね～～と、非常に感動したんだけどなあ。</p>

<p>私は現在、学校で７期に在学しているのですが、４年間共に学んだ仲間と毎月、授業後に飲んでおしゃべりするのが本当に楽しみで、授業のこととか、日常的なあれこれとかを分かち合いながら、４年間という時間と場が育んだコミュニティの素晴らしさを実感しております。１０名程度という人数もよいのかもしれませんし、男女比のバランスとか（他の期は、やはり女性がほとんどです。）、医療者が半分くらいだというのも７期のありかたに何か関係しているのかもしれません。</p>

<p>７期は北は東北から南は九州にまでメンバーが点在しているために、日常的にはネット上での交流で、悩み事や勉強のシェアをしていますが、顔を合わせて話をすることが定期的にあって、だからこそネット上でのやり取りも充実したものになっているのだろうと実感しています。卒業後もオフラインのつながりを保ちたいと願うばかりです。</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
２日間のケースを体験して、やはり自分を深く洞察していくためにもホメオパシーは必要であるという感触が戻ってきました。ずっと心理療法家との出会いやヒプノセラピーなどの可能性を模索していたのですが、ホメオパシーによる肉体と精神の洞察の旅、バイタルフォースを実感する旅が、やはり私の必要とするものであるようです。</p>

<p>でも心理療法家との長期的な関係性を体験して学ぶこととか、ヒプノセラピーでの自分のあり方を実感する体験とかは、きっと私に必要なのだろうと今は感じております。</p>

<p>先日、ご縁があってハンズオンヒーリングの実習に参加させていただいたのですが、それがまさしく眠りと覚醒のはざまにあるような状態の体験で、もう少しその状態を突っ込んで体験してみたい気がしているのです。とてもいろんなものを見ました。寝言を言っていたかもしれません。鼾はかかなかったと思うけど、わかりません。とても充実した眠りと覚醒とその狭間の体験でした。</p>

<p>受けたあとに私の口から出た言葉は「ハンズオンヒーリングって何でしょうか？不思議です。不思議です。」というようなことで、そんなこと言う自分が新鮮でした。ハンズオンヒーリングが何なのかをもちろん私は知っていますが、それでもそれが本当には何なのか？まだ私は知らないところにいるのです。知らないところというか、うーん。この肉体は何をするのか？私には本当にはわかりません。そんなところにいるのですね、私は。</p>

<p>この２週間くらいの間に、私の中でホメオパシーを学び、体験する喜びが新たに湧き上がっているようです。芍薬の花が咲くような内側から溢れ、沸きあがるような感触です。嬉しいけど。うーん。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>イライラには深呼吸を</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/10/post_150.html" />
<modified>2005-10-12T05:37:28Z</modified>
<issued>2005-10-08T12:43:54Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.420</id>
<created>2005-10-08T12:43:54Z</created>
<summary type="text/plain">とうとうブログを書く夢を見てしまいました。ホメオパシーを中心とする病の捉え方やこ...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>我が家のケア</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>とうとうブログを書く夢を見てしまいました。ホメオパシーを中心とする病の捉え方やこの世でヒトとして生きていくことに関して相当に長い文章を書いていましたね。</p>

<p>自分的にまたもや静かに激動の時期に入ったようです。ていうかいつも静かに激動の中にいるのか。なんだか。現在の状態は、まだ夏のフラワーエッセンス合宿を引きずっているというのが前提で、先月末にあったホメオパシーの合宿やそれに伴って同期とのネット交流、そしてKRAMER氏のお弟子であるIさんとの会談などの出来事を中心とした様々な刺激が私を渦巻かせております。</p>

<p>今まで感じていなかった部分に違和感を感じたり、見えなかったものを見出したりするこの頃で、たぶんこれはいやおうない変化の前触れなのでしょう。後退で無いとよいのですが。</p>

<p>imasaが教えてくれた丹田呼吸は、イライラ感解消にお勧めです。本当に簡単で即効性があります。やり方は簡単。おへその下まで空気が入るように呼吸をするのです。もしかしたらそこまで息が入らない人もいるかもしれません。要注意です。何度も気長にやっておへその下まで充分に息が入るように練習しましょう。</p>

<p>どんなにムカついていても、何度か深呼吸をすると、あ～ら不思議。怒っていた私はどこへ行ったのでしょう。となります。問題は、ムカついているときに「ほら、おかあ。おへその下まで息して。」といわれると「そんなの知ったことか～！」とついなってしまうことです。が。繰り返していると案外、気を取り直して深呼吸する気になりますよ。で、数分のうちには仲直りが出来るというわけです。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>「病の予防」という考え</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.io-p.net/shoko/archives/2005/09/post_149.html" />
<modified>2005-10-12T05:37:27Z</modified>
<issued>2005-09-30T05:35:03Z</issued>
<id>tag:www.io-p.net,2005:/shoko//3.414</id>
<created>2005-09-30T05:35:03Z</created>
<summary type="text/plain">この数日の間に続けて3件ほど、予防接種に関する問合せメールが届きました。予防接種...</summary>
<author>
<name>shoko</name>
<url>http://www.io-p.net/shoko/</url>
<email>shoko@io-p.net</email>
</author>
<dc:subject>治癒・健康に関すること</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.io-p.net/shoko/">
<![CDATA[<p>この数日の間に続けて3件ほど、予防接種に関する問合せメールが届きました。予防接種に関しては、この数年の間にイオ日記とか参加しているMLとか、あちこちに個人的な見解や私の理解するところのホメオパシー見解を書いてきました。</p>

<p>この数年の間に若干の表現の変化やレメディに対する考え方などが変わってきていますが、基本にあるのはいつも「病とは何か？」「治癒のために必要なことは何か？」と言うことだと思うのです。</p>

<p>今日もさくっとお返事のメールを出そうと書き始めたら1時間半もかかっちゃって、どうしようもなく遅筆な自分に悩ましさを覚えますが、でもね。難しい問題ですよ、実際のところ。今のその人、その家族にとっての正解、しかないわけですからね。</p>

<p>自然育児友の会の会報にも書かせていただきましたが、現代の日本において一律的に「病気になる自由」が奪われていることって、実は大きな問題なんじゃないかと思っているのです。教育、恐るべし。</p>

<p>そして命が死に行くことの自由。自殺や人為的な安楽死を肯定しているわけじゃ、ぜんぜんありませんが、死ぬことが出来ない苦しみ中にある命は案外、多くあるのではないかと思います。</p>]]>

</content>
</entry>

</feed>