平成11年11月11日生まれ(10歳になりました!)の我が娘を語る親ばかサイトです。

子育てを通して父と母が思ったことや学んだことなどをちょっとずつ紹介していきます。

2002年4月アーカイブ

2002年4月 1日(月)

いおぴーもお休み

朝起きたら、いおぴーが咳き込んでいる。熱もある。いおぴーも風邪を引いてしまったようだ。元気はあるのだが、本人が「いおちゃん休む」と言っているので、保育園を休ませることにする。とうちゃんはというと、深夜と明け方にジェルセミウムをリピートして、身体のだるさと寒気は去ったものの、まだ頭が朦朧として痛みもあるので、とうちゃんも会社を休むことにする。shokoは今日はマッサージの出張予約があり、一旦はお断りのメールを入れたのだが、とうちゃんが家にいるならやっぱり行こうかと迷っている。

気がつくといおぴーがベッドの脇で泣いている。「おとうさん起きてー。おかあさんがひとりでお外行っちゃった」と繰り返している。どうやら、やはりマッサージに行くことにしたようだ。それにしても、とうちゃんがウトウトしている間に出て行くとは、ひどい。しぶしぶ起き出して、いおぴーの相手をするとうちゃん。遊び相手になってやると、いおぴーはけろりと泣き止んだ。そして、あれやろう、これやろうと次々に遊びを要求。熱があるくせにやたらと元気だ。ちょっとハイになってるのかも知れない。かあちゃんの帰ってくる夕方まで遊び倒して、とうちゃんはへろへろ。これじゃ仕事行ったほうが百倍楽だったよ。

2002年4月 2日(火)

おやつ抜き

まだ咳は止まらないものの、熱は下がり、本人も今日は「保育園行く~」と言っているので、とうちゃんが自転車で保育園へ送っていく。もう道もバッチリ覚えたので、電車で行くより早く着くことができた。

給食の先生に「おやつのおせんべい持ってきてくれました?」と聞かれた。先週で無くなってしまっていたらしい。とうちゃんそんなこと知らないから当然持ってきていない。スマン、いおぴー。今日はおやつ抜きだ。恨むならかあちゃんを恨んでくれ。

いおぴーが保育園で熱を出したらしい。無理して行かせるんじゃなかったか。とうちゃんも夜具合が悪くなって、イオ日記を書いている途中だったが、寝ることにする。

2002年4月 3日(水)

ベラドンナ

いおぴー朝は熱も下がって元気だったものの、一応大事を取って保育園は休ませる。案の定、夜また熱が上がって、ずっとおっぱいにへばりついているのでshokoまでダウン寸前。いおぴーには、それまでジェルセミウムを摂らせていたがあまり変化は見られず。はあはあウルウルし出したので、ベラドンナを摂らせたらコトリと眠った。どうやらヒットしたようだ。朝まで眠ってくれると良いが。

2002年4月 4日(木)

今日もお休み

熱は下がったが、まだ咳が大分ひどい。保育園に行って行けないこともないだろうが、また夜熱を出しても困るので、今日も休ませる。いおぴーは「行く~」と言っていたが。

こんなに39℃以上の熱を毎晩出していたり、咳がひどく止まらなかったりしたら普通は心配して病院に連れて行くのだろうが、うちではその気はない。なぜなら、行かなくてもそのうち治るから。そして、病院へ行ったからといって治るわけではないから。人間は自己治癒力で病気を治すのだ。薬は症状を無理くり抑えるだけであって、健康を自動的にもたらすわけではない。

とはいえ、苦しいのは嫌だし、どうしていいか分からないとストレスが溜まる。たいていの人は、そういう苦痛や不安やストレスから逃れるために医者に行くんだろうな。で、もらった薬を飲んでるうちに治ったりすると、お医者様あるいは現代医学のおかげと錯覚して感謝するわけだ。薬とは無関係に働いた自己治癒力には感謝せずに。それはとても寂しいことだと思う。

とうちゃんとかあちゃんなんて、いつも自力で病気を治そうとがんばるいおぴーの身体に畏敬と賞賛の念を抱かずにはおれんのになあ。

2002年4月 5日(金)

自転車に飽きた

今日は3日ぶりに登園。とうちゃんが自転車で送っていく。いおぴー、早くもおとなしく自転車の後ろに座っているのに飽きたらしく、サドルに座りたいだのとうちゃんが後ろに乗れだのとごねる。困ったもんだ。まだ数えるほどしか乗ってないのに。

だまされた

お昼のおかずに、栗の甘露煮がはいっていると思って最後までとっておいたら、カレー味の里芋だった。騙された舌は、かなり吃驚した。

2002年4月 6日(土)

鼻に玉

今日の予定は、shokoといおぴーはアトピーグループの花見で新宿御苑へ、とうちゃんは休日出勤だったのだが、駅で別れるつもりがいおぴーが「一緒に行こ」と言ってとうちゃんの手を握って離さないので、流されて一緒に新宿御苑まで行ってしまった。とても良い天気で、どちらかと言うととうちゃんは神宮球場へ行きたかったが、まあそれはいいとして。

広い御苑をお友達と一緒に駆け回ったりして遊んでいたいおぴー。その時事件は起こった。「ビー玉、鼻にはいっちゃった」いおぴー語で小さい球体はすべて「ビー玉」大きい球体はすべて「ボール」である。決してほんとにビー玉が鼻に入ったわけではない。その辺で拾った泥の付いた小さなプラスティックの玉(たぶんBB弾)を、鼻の穴に入れてしまったのだ。とろうとして指を突っ込むから玉はさらに奥へ。shokoが口で吸い出そうとしたが出る気配なし。覗いても見えないくらい奥に入ってしまっている。さあ困った。

実はとうちゃんも小さい頃、銀玉鉄砲の銀玉を鼻に入れてしまい、取れなくなって病院に連れて行かれたことがある。親戚衆にかなり後々までそのネタでからかわれた苦い記憶がよみがえる。shokoには「いおぴーのばかちん。imasaそっくり」と言われる始末。

さすがに、これはホメオパシーでポンと出てくると言うわけには行かない。とうちゃんが「すぐ病院へ行こう」というと、shokoは「今日は午前診療でもう間に合わないから、月曜日に藤多先生の所へ連れてくよ」と信じられないような暢気な事を言っている。とうちゃん耳を疑ったよ。後で聞いたら「この前、黒豆が一ヶ月鼻に入ってた人の話を聞いたので二日くらい大丈夫と思った」そうだ。でも、いおぴーが「痛い」と言うとshokoも動く気になり、じゃあ診療は終わっててもまだ先生いるかもしれないから一応行ってみようと、花見を抜けて急いで帰る。いおぴーはベビーカーでしおしおになって眠ってしまった。

藤多耳鼻科に着いたら、ちょうど片づけをしていて先生は帰ろうとするところだったが、お願いしたら診てもらえることになった。セーフ。診察室に入り、shokoに抱っこされて椅子に座るいおぴー。吸引器具で鼻を吸われ、初めはじっとおとなしくしていたが、ノズルをとっかえひっかえ何度も吸われて、泣き出した。あんまりノズルを何度も取り替えるものだから、もしかして先生の手にも負えないんじゃないかととうちゃんもちょっと不安になった頃、先生は最後にピンセットで小さな玉をいおぴーの鼻から取り出した。無事、終了。よかった。

いおぴーの鼻から出てきたその玉は、鼻水でピカピカに光ってました。

2002年4月 7日(日)

デザート

お出かけ前の準備に非協力的なのは今に始まったことではないが、せかしても愚図ったりするわけではなく、「ちょっと待ってね、今これやってからね」とか言って、別のことをやり始める。こっちがイライラして声を荒げると、「怒らないで、ちょっとだけだから。いい?」とことさら冷静に言ったりする。小賢しいというか。

そんないおぴーも、「お出かけしてデザート食べようか」と言うと、目をキラリッと輝かせ、いそいそと出かける仕度を始める。デザートの威力は絶大である。禁じ手と知りながら、あまりに効果的なのでつい悪用してしまう。反省反省。

今日のお昼は中野で台湾料理。デザートは杏仁豆腐。

2002年4月 8日(月)

ビービー玉

ビービー玉は?」といおぴーがしきりに聞く。「びーびーだま?なにそれ」と聞き返すと、「いおちゃんが鼻に入れたのもの~」と言う。誰かがBB弾と言ったのを聞いて覚えたようだ。ビー玉よりは近くなった。「BB弾は藤多先生にあげちゃったよ。また鼻に入ったら困るでしょ」と言ったら、「…うん」と急に神妙になった。どうやら反省はしているらしい。

けっこうです

しばらく前に、食べたくないものを拒否するときに「やーだ!いらない!」と怒るので、「そういうときは優しく『結構です』って言えばいいんだよ」と教えた。そうしたら手のひらをこちらに向けて、ちょっと困り顔をして「けっこうです」と言うようになった。可笑しい。が、何度もやられるとかえってムカつくのだ。

2002年4月 9日(火)

ABCのうた

平日はいおぴーを自転車で送っていく朝くらいしかネタがない。夜は帰るとすでに寝ていることが多いので。

今日もいおぴーと自転車で保育園へ。黙って走るのも味気ないが、前後だと声が通らず会話もしにくいので、たいてい「おうた歌って」と言って、いおぴーに歌わせておく。今日は「ABCのうた」を歌ってくれた。ところが聴いていると、いつもと歌詞が違う。うちではディズニーのCD(サンプルでもらった)に合わせて

♪ABCDEFG♪HIJKLMNOP♪QRSTUV♪WXY&Z♪Now I've sung the ABC's♪Won't you come and sing with me

と歌っているのに、今は

♪ABCDEFG♪HIJKLMN♪OPQRSTU♪VWXYZ♪ハッピーハッピーたのしいな♪ ABCをうたいましょー

と歌っている。こっちの歌詞で歌ってるのは初めて聴いた。保育園で歌っているのだろうか。とうちゃんが「ミッキーさんの歌と違うね」と言ったら、「おんなじだよ」と言う。しかし明らかに違う。しかも発音まで。特にRの発音。ディズニー版で歌うときはとうちゃんより上手に絶妙の発音で歌うのに、今のはたどたどしくカタカナっぽい発音だ。ちゃんと歌い分けている。やっぱり子供は耳で覚えるのだなあと、あらためて思った。

2002年4月10日(水)

缶ビールやめて

アルミニウムは痴呆症との関連を取り沙汰され、身体に良くないことは誰でも知っていると思う。だからなるべく摂らないよう気をつけてはいる。予防接種セミナーでも皮下注射による摂取は法律で禁じられているにもかかわらず予防接種にはアルミニウムが使用されていると聞いてびびったものだ。

今日ちょっと気になる話を聞いた。缶ビールなどに使われているアルミ缶は内部はコーティングされているので安全と言われているが、実はふたを切り取るとき、細かいアルミの断片が中に落ちるのだそうだ。どれくらい信憑性のある話なのか分からないが、十分にありえそうな話に思える。

そんなちょびっとくらい平気だろうと思うかもしれないが、体内に入ったアルミは異物として肝臓の酵素が捕らえて抱え込むため、体中には回らないものの、どんどん肝臓に蓄積していき、年を取って肝機能が弱まると、今まで抱え込んでいた物質を抑えていることができなくなって、一気に血中に放出されてしまうらしい。で、脳に達するとアルツハイマー症になったりする。というのを以前テレビで見た。だから僅かだからといって安心はできない。

しかも、調べてみたらこんな記事もあった。やはり微量でもヤバイらしい。

毎日缶ビールを飲んでるshokoが心配だ。せめて瓶ビールにしてくれんかな。

2002年4月11日(木)

HTML教室をはじめよう

shokoが「ホームページの更新て私にもできる?」と訊いて来た。マッサージのページを更新するのにいちいちとうちゃんに頼むのが面倒なので自分で更新できるようになりたいらしい。非常によい心がけだ。とうちゃん嬉しいぞ。

本当は正しいHTMLの意義から講義を始めたいところだが、とりあえずマッサージのページだけすぐに更新できるように、テーブルとフォームのタグの説明を簡単にして、後はFTPでアップする方法を教えた。ここまでは簡単にできたようだ。

前々から書こう書こうと思ってできないでいたが、これを機に、shokoのためのHTMLとCSS教室をイオ日記にもアップできるようにとうちゃんもがんばろう。Webについての勉強なんてする時間が十分に取れない育児サイト運営者の皆さんにも、うちの日記を読むついでに為になる知識を身につけてもらえたら良いなと思う。

その前に問題はとうちゃんが正しい知識を持ち合わせているかだな。もっと勉強しないと。

2002年4月12日(金)

ホメオパシー相談

半年に一度の寅子先生のセッションの日。今回で3度目。

予約するときはいつも「次は半年も先かい!」と思うのだが、実際にはあっという間にやって来るという感じ。深刻な問題もない今は健康診断のようなもので、半年に一回くらいがちょうど良い。それにしても前回の静電気対策レメディはありがたかったなあ。おかげでこの冬はバチッと来るのがなくてほんと助かりました。

さて今回のセッション。部屋に入るなり、寅子先生開口一番、いおぴーには目もくれず、後ろのいすに座ったとうちゃんに向かって「気が乱れている」「金属的な感じ」「非人間的」「仕事ばかりじゃなく楽しみを持たないと」と怒涛のようにおっしゃられる。いおぴーよりとうちゃんの方がよっぽど心配な状態だそうだ。まあ、自分でもそう思う。

shokoに「imasaもセッションの予約すれば」と言われたが、半年先に相談に乗ってもらうにしても、そのときの状況がどうなってるか分からないからなあと思い、予約は見合わせた。とうちゃんはいおぴーのセッションのついでにちゃっかり診断してもらうので良いや。

2002年4月13日(土)

子連れ休日出勤

shokoが何だか突然に(昨日決まった)ホメオパシーの学校に通うことになり、それが今日からなので、いおぴーの子守は自動的にとうちゃんの役目となるのだが、とうちゃんも仕事が忙しく、土日も出社しなければならない。しかたがないのでいおぴーを会社に連れて行くことに!もうやけくそだ。

というわけで子連れで会社。いおぴーは「いおちゃんのかいしゃ~」とはしゃいでいる。幸いとうちゃんのフロアはまだ誰も来ていないので、その辺で適当に遊ばせておく。しかし、他人のマウスパッド(ミッキーマウスの絵だった)を勝手に持ってきたり、とうちゃんの名刺を百枚単位で床にぶちまけたり、回転椅子に乗ってグラグラしながら棚の上の本をとろうとしたり、あまりにも危険なので一旦外に連れ出すことにする。

おにぎりとお茶を持って近くの公園へ。1時間半ほど遊び倒す。いおぴーは満足げだが、これじゃ何しに会社に来たか分からない。

半ば無理やり会社に戻り、トイストーリーのビデオがあったのでそれをかけて、いおぴーに見せておく。禁断のビデオ子守り。いおぴーは15分も見たら飽きてしまったようだが、後はひとりで持参のお人形で遊んでいてくれた。これでしばらくは仕事ができた。

その後も仕事2割いおぴーの相手8割(お絵かきしたりかくれんぼしたり浜松のおばあちゃんに電話したりコンビニにせんべい買いに行ったり)で時間が過ぎていき、shokoが学校を終え、引取りに来てくれるまでの長かったこと。

明日もshokoは学校。とうちゃんは仕事。さて、どうしよう。

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2002年4月14日(日)

自転車通勤

今日はshokoが朝から学校で、一足先に出かけたので、とうちゃんといおぴーは午前中をふたりで過ごす。問題は午後だ。とうちゃん今日も会社に行かねばならない。いおぴーを連れて行ったら仕事にならないのがはっきりしたので、さすがにもう子連れ出勤はできない。

たまたま、いおぴーが「おじいちゃまに電話する~」と言うので、電話したついでに相談したら、連れてきて良いという。助かった。

お昼ごはんを食べた後、出かける。ふと思いついて、いおぴーを自転車で送ってそのまま会社まで自転車で行って見ることにする。かねがね運動の為に自転車通勤できないものかと考えていたので丁度よい機会だ。

おばあちゃんの家までは保育園までの距離の約2倍強。とうちゃんにとってはさほど大変ではなかったが、いおぴーはいつもより長い時間自転車に乗っていてくたびれたのか、後半すっかり無口になってしまった。ちょうどお昼寝の時間にあたったせいかも知れない。

おばあちゃんの家に着くと、いおぴー急に元気を取り戻し、おばあちゃんと一緒に勇んで公園に出かけて行った。おばあちゃんが少し休んでいけばと言ってくれたので、お言葉に甘えて一時間ばかり昼寝しようと横になるとうちゃん。

いおぴーたちが帰ってきた気配で目を覚ます。「3時間も遊んじゃったわよ」とおじいちゃんに話しかけるおばあちゃんの声。何?時計を見ると、もう5時になろうとしている。し、しまった。4時ごろには会社に行っているつもりだったのに。迂闊にも3時間も昼寝してしまった。あらまだいたのと言うおばあちゃんに対し平静を装いつつ、いおぴーがおじいちゃんとお風呂に入った隙に、そそくさと部屋を出て、自転車で出発。

いおぴーの負荷がない分スイスイと軽快に飛ばすとうちゃん。ここが学習院かあとか護国寺って地名は良く聞くけど始めて見たなあとか、物見遊山気分。考えたら山の手線内を自転車で走るのなんて初めてだ。思いのほかアップダウンが多く、多少きついながらも会社に到着。約45分と偶然にも自宅からおばあちゃんの家までとまったく同じ所要時間だった。

2時間ほど打ち合わせをし、8時に会社を出る。直接うちに帰ろうかとも思ったが(そのために地図で最短ルートも調べた)、いおぴーを迎えに行ったshokoがまだいるかと、おばあちゃんの家に電話をしたらまだいたので、一旦おばあちゃんの家に戻ることにする。1時間半ぶっ通しで走るより、インターバルを置いたほうが身のためでもある。実際走り出してみたら、来るときは気にも留めなかった下り坂が、果てしなく続く上り坂と感じられる。そうとう足に来ている模様。最後の新宿から下落合にかけてのだらだら続く上りで膝がかくかく笑い始める。

ようやっとおばあちゃんの家に着き(前半飛ばしたおかげでなんとか帰りも45分だった)、shokoにマッサージしてもらう。ああ、お抱えマッサージ師を持つ身の幸せ。脚のツボを数箇所圧してもらっただけで、驚くほど足が軽くなり、ここから更に45分の家までの道程も何とか漕ぎ切ることができた。shokoといおぴーは車で帰るというので、とうちゃんは一足先に自転車で出発した。先に帰り着いてやろうと必死にヘロヘロの身体に鞭を振るいがんばったが、家に着いたときにはもういおぴーはベッドでぐっすり眠り、shokoはPCに向かっていた。やっぱり追い抜かれていたよ。あー足が痛い、眠い。

とうちゃんが寝ながら考えたことは、明日休みたい。そして、自転車通勤は、無理。

2002年4月15日(月)

夜の打ち合わせ

夜、shokoから会社に電話がかかってきた。普段はメールなのに、電話とは異例。聞くとこれから永松先生と打ち合わせをする予定だがとうちゃんが帰ってこないのでいおぴーをどうしようという。2歳児の母を相手に夜の9時半から打ち合わせとは、永松先生の良識を少々疑わざるを得ないが、そんなことを言ってもしかたがないので、とうちゃん仕事を途中で片付けて新宿で待ち合わせ、いおぴーを引き取ることにする。いおぴーは意味もなく、ただ家と新宿駅を往復させられ、とんだ災難だ。もちろんいつも仕事で遅くなるとうちゃんも悪いんだが。

新宿駅でかあちゃんに手を振り、今度はとうちゃんの抱っこで帰るいおぴー。眠そうだったので「寝ても良いよ」と言ったら、「寝ないー、帰ってカルタで遊ぶー」と言っている。さて、今日はどうやって寝かそうかと悩むとうちゃん。

が、そんな心配も杞憂だった。電車を降りる頃には抱っこのままぐっすり眠ってしまい、家に着いてベッドに寝かせて着替えさせても起きる気配はない。あとはいおぴーが目を覚ましてしまう前にかあちゃんが帰ってくるのを祈るのみ。

2002年4月16日(火)

ふくらはぎが

今頃になって筋肉痛。老化現象だ。

shokoにマッサージしてもらわないと。

かぼちゃん

かぼちゃの煮たのが大好きないおぴー。あんまりかぼちゃかぼちゃと言うので、とうちゃんが「かぼちゃん」と呼んだら、「かぼちゃんよ~」と言っている。後でかあちゃんにも「かぼちゃんて呼んで」と言っていた。この名前が気に入ったらしい。

2002年4月17日(水)

深夜0時、自転車で

会社にshokoからメール。

鍵を持たずに出てしまって、自転車で戻ってこれませんでした。

まだ会社だったら、自転車で帰ってきてくれますか?

すみません。

よろぴく。ちゅー。

とうちゃん仕事が終わったのが11時過ぎ。自転車が置いてある高円寺駅で途中下車し、駐輪場へ自転車を取りに行く。時計を見るとちょうど0時だ。

のんびり散歩気分で自転車を走らせながら、ふと今日は違う道から帰ろうと思った。夜、知らない道を自転車で走るのはなんとなく楽しい。少年時代のワクワクに近い。が、道を知らなくても何とかなるだろうと高をくくっていたら阿佐ヶ谷辺りで本格的に道に迷ってしまった。迷路のような住宅街に入り込んでしまい、見当をつけて進んでいくと行き止まりになったりして大変。まあそれでも、じきに大きな通りに出ることができ、後はすいすい家へと向かうだけだ。

結局いつもの倍の時間をかけて帰ってきたが、不思議と疲れはなく、むしろ仕事の疲れが癒されたようですらある。普段の帰宅時の疲労感は、仕事の疲れもさることながら、帰宅途中のストレス(駅、公道での喫煙や電車内の携帯電話など本当に腹が立つ、あとウォークマンのシャカシャカとかふたり分の席を占拠する人も)を持ち帰っているのが大きな要因とあらためて痛感する。自転車だとこのストレスを回避できるのが良いんだよな。かといって毎日1時間半は辛過ぎるが。

2002年4月18日(木)

記憶がない

後からまとめ書きしているため、この日の記憶がなくて書けません。

きっと仕事してるだけで面白いことは起きてないんだと思います。

とうちゃんの仕事がいよいよ本格的に大変になってきて、今日も早朝出社(早朝といっても朝8時までに会社に着けばいいんだが)。そのため7時前に着替えていると、いつもはねぼすけのいおぴーが、パッと起きて「いおちゃんもすぐお着替えする~」と言って着替えをしようとする。いつも「早くお着替えしないととうちゃん先に行っちゃうよ」と言っているから。

昨日も夜遅く、帰ったときにはいおぴーはもう寝ていて、ずいぶん長いこといおぴーとお話してない気がする。だから、とうちゃんに置いて行かれまいと一生懸命支度するいおぴーが健気でいとおしい。

そして着替えを終えたいおぴーは、とうちゃんが家を出ようとすると玄関まで着いてきて「いおちゃんもおとうさんとお出かけする~」と言ってくれる。しかし保育園へ行くにはまだ早すぎる時間なので残念ながらここでお別れ。いおぴーさん、とうちゃん今日こそ早く帰ってくるからね。

2002年4月20日(土)

大失敗

昨夜はひさびさに早く帰り、皆で楽しくご飯を食べて、寝る前に「映画観ようよ~」といういおぴーに大サービスでお気に入りの「ウォレス&グルミット」をみせてあげる。とうちゃんは疲れがたまっていたせいもあり、いおぴーよりも先に爆睡してしまう。

実はとうちゃん、夕方仕事に動きがないのを見計らって一旦帰ってきただけで、本来はメールで連絡があり次第すぐに対応しなければいけなかったのだが、仮眠のつもりが朝までぐっすり眠ってしまい、今朝6時さわやかに目が覚めてメールチェックして仰天。昨夜最後にメールチェックした直後に、至急対応すべきメールが入っていて、とうちゃんの反応がないものだから、クライアントがいったいどうなっているんだと怒り、深夜にいたるまで社長まで巻き込んでの大騒動となっていた模様をメールボックスに溜まっていた一連のメールで知る。青ざめるとうちゃん。今までもしょっちゅう失態(あんなのや、こんなの)は演じていたが、これはかなりヤバイ。

慌てて出かける支度をしながら、まだベッドにいるshokoにその旨を告げると、「昨日の留守電聞いてなかったの?」と言う。ガビ~ン!電話の呼び出しまで無視してしまった。電話があったのなら教えてくれよ!とshokoに八つ当たりしてそのまま家を出る。今日はメグさんの性教育講座があり、ぎりぎりまで一緒に行けるかもとshokoに期待を持たせていたので悪いことをした。

7時に会社に着いた。幸い泊まりのプログラマが深夜、電話で直接現場と話してくれ、最悪の事態は避けられたことを知り、ホッと胸をなでおろす。またその後、そもそもの呼び出しの原因がこちらの問題ではなく、むこうの問題だったことが判明した。つまり呼び出され損だったわけだ。これでまた少し気が軽くなった。かといって、とうちゃんのしでかしたチョンボが消えるわけではないが。

2002年4月21日(日)

イオ日記更新再開

今日も朝8時に出社しなければいけないところ、目が覚めたら8時5分前だった。2分だけ風呂に入り、大急ぎで家を出る。shokoといおぴーはまだベッドの中だ。日曜日とはいえ、ねぼすけ達め。とうちゃんはうらやましいぞ。

45分遅刻したものの、今日は相手方もまだ出社していないらしく、事なきを得た。朝一で何か起きていたらまた怒られるところだった。

結局、今日はこちらですることは何もなく、待機の一日となったので、暇をもてあましたとうちゃん、休んでいた日記をまとめ書きする。そして夕方5時でお役御免となり、これでやっと一息つけることになった。明日からはまた次の仕事だが。

家に帰るといおぴーはワンピースを着たままグースカ寝ている。今日はお寺でたくさん遊んで疲れたようだ。

とうちゃんは早速イオ日記の更新。トップページの写真も替えてみる。いおぴーは写真に写るとき、いつもムッとした顔をしているので使える写真が少ない。でもこれはなかなか良い写真だ。保育園で撮ってもらったものだけど。

ああ、やりたいことはたくさんあるけど、眠くなってきた。今日は早く寝よう。

2002年4月22日(月)

ドメイン

洒落で専用ドメインを取ってみました。

イオ・アイ・アム。もしくは、アイ・アム・イオ。どちらのURIでもイオ日記にとびます。中身は今のままですが。

@NIFTYのURIは長くて憶えにくいけど、これで人に教えるときはとても便利になった。

料金は1年間で$9.8。1ヶ月約100円。

2002年4月23日(火)

ひげ

朝。眼を覚まさねばならないと思いつつ、瞼がいうことをきかない。隣でいおぴーが目を覚ます。とうちゃんの伸ばしっぱなしになっている無精ひげを触りながら、「これ何~?」と聞く。とうちゃんが「ひげだよ」と答えると、「どうしてなるの~?」何故はえてくるのかと問いたいらしい。そういえば、何故かな。

2歳半ともなると、これからこういう素朴な疑問にいろいろ答えなきゃならんのだろうなあ。なるべく真剣に答えてあげたいとは思うが、寝ぼけてるところにいきなり難しい質問なので、「とうちゃんだから」とすこぶるいい加減な答えをしてしまった。いおぴーさんのリアクションは「ふ~ん、おじいちゃんみたい」意味不明。

それはともかく、このところ夜帰ってくるといおぴーはすでに眠っている毎日なので、こういう朝のスキンシップはとても嬉しいとうちゃんなのだ。

2002年4月24日(水)

道案内

今日は久しぶりに定時出社でいいので、とうちゃんがいおぴーを保育園に送っていくことに。しかし、いおぴーはすっかり自転車に飽きてしまったようで、いろいろ趣向を凝らさないとなかなか乗ってくれない。歌もすっかりマンネリで歌ってくれないので、今日はいおぴーさんに道案内をしてもらうことにした。これはいおぴーも新鮮だったようで、はりきって道案内してくれる。

どうするかというと、とうちゃんがまず「次はどっちへ行けばいいですか~?」といおぴーに訊く。すると、いおぴーは「自転車のマークのほう」とか、「トラックがあるほう」とか指示してくれる。とうちゃんは「はーい、わかりましたー」と言って、自転車を走らす。もちろん保育園へ向かういつもの道だ。するとたいてい、いおぴーが指示したものがやがて現れるので、「あっ、ありました~!」と言うと、いおぴーは大喜び。「自転車のほう」とか「葉っぱのほう」とか次々に目標物を見つけて大満足。

「次はどっち?」「チューリップのほう

むむ、これは難しいぞ。果たして途中にチューリップはあったっけ?さすがになかなかチューリップは見つからず、いおぴーも「チューリップは?チューリップは?」としつこく尋ねてくる。「チューリップ無いねえ。道間違えたかなあ」と、とうちゃんが答えるといおぴーさんは不安そう。

すると、ちょうどその時、前方にチューリップがたくさん咲いてる花壇が!「いおぴーさん、ありましたー!」

いおぴーさんは「チューリップ、たくさんあったねえ。いおちゃん、おどろいちゃった」とホッとしたように言いました。とうちゃん何故かジーンときちゃったよ。

2002年4月25日(木)

shokoのスケジュール

最近はマッサージの予約ページだけは、shokoが自分で更新するようになった。わりとまめに更新しているようだ。

今日たまたま開いてみたら、なんと4月も5月もカレンダーは真っ赤。超ハードスケジュールではないか。マッサージの修行に加えて、ホメオパシーの学校もけっこう忙しく、ゴールデンウィークにはクレニオセイクラルの講座も受けるらしい。

とうちゃんも5月いっぱい超重労働になることが明白なので、またまたいおぴーが犠牲にならなければいいがと今から心配。

2002年4月26日(金)

行き帰り

従来、電車に乗っている間は貴重な読書タイムなのだが、最近は疲れが積もりに積もって、座わることができるとすぐに眠ってしまう。今朝も行きの電車でぐっすり眠ってしまい、降りるべき駅を二つも乗り過ごしてしまった。

終電にはまだ間があるものの、快速もまばらな時間帯なので、各停に乗って帰ることにする。ラッキーなことに座ることができたとうちゃんは、またもぐっすり寝てしまう。気がつくと吉祥寺。

往復ともにやらかしてしまうとは。

2002年4月27日(土)

公園

天沼東公園

今日は午前中マッサージのお客さんが来るので、落ち着いてできるように、とうちゃんといおぴーは外へ出ていることにした。いおぴーは「公園へいこう!」とすごく張り切っている。

自転車に乗って、天沼東公園へ。ここまで歩くと結構な距離だが自転車ならあっという間だ。いおぴーは早速すべり台へ直行。いおぴーさんの公園の基準はすべり台の有無が重要で、無いと公園と認定されない。ここは大小2つのすべり台があるのでいおぴーは大満足。

この公園は周囲に高い木が生い茂っていて、公園全体が日陰になっている。夏は良いかもしれないが今の時期は陽射しが無いとちょっとひんやりするし、おまけに樹の上にはカラスがたくさんいて、いい気がしないのであまり長居する気になれない。すべり台、ブランコとひととおり遊び終えたいおぴーさんを促して、別の公園へ行くことにする。樹の下にとめていた自転車に乗ろうとすると、いおぴーシートとハンドルにカラスの糞が!やっぱりこの公園は嫌いだ。

馬橋公園

気を取り直して今度はいおぴーが保育園のお散歩でもよく行く馬橋公園へ。いおぴーお気に入りの公園だ。ここではいつも砂遊びをしているらしく、今日も「お砂であそぶ~」と砂場へ直行するいおぴー。プラスティックの器に砂を詰め、せっせとカップケーキを量産している。

この馬橋公園も樹が多いが、広いので日向と日陰が適度にある。池や小川もあって気持ちがいい。この公園はとうちゃんも好きだ。いおぴーが砂遊びに夢中になっている間、とうちゃんもしばらく暖かい陽射しを浴びてくつろぐ。

そのうち砂遊びに飽きたいおぴーが「探検にいこう!」と誘うので、ぶらぶらと公園内を散歩する。池をのぞいたり池をのぞいたりしながら(池に入っていきそうな勢いのいおぴー)、やがてアスレチックのコーナーにたどり着く。

ここにはひときわ高い、高さ5mはあろうかというすべり台があり、これに挑まんと意気揚々と階段を昇るいおぴー。しかし、この滑り台は並行する2本の鉄の棒にまたがって滑る方式のもので、いおぴーにはまだとても無理な代物だ。いおぴーに「できるの?」と訊くと、「できるー」と答える。すごく怖がりのくせに、なぜこれは怖くないんだろう?この高さにはとうちゃんもお尻の穴がキューとなるくらいびびるというのに。とにかくいおぴーを説き伏せ、というか半ば無理やり抱きかかえて階段を逆に降りる。

お伊勢の森公園

チャレンジを阻まれ不服そうないおぴーのご機嫌をとるために、「ちっちゃーいすべり台がある公園に行こうか」と、とうちゃん。保育園の帰り道にある小さい公園を通るたびに、いおぴーさんは「ちっちゃいすべり台あそびたいー」と言っているのだが、いつもまた今度ねーと言って通り過ぎていたのだ。いおぴーは「ちっちゃいすべり台いくー」とあっさり気分転換。子供の単純さがうらやましい。いや見習いたい。

またまた自転車で移動して、いつも通り過ぎている小さな公園へ。お伊勢の森公園という名前だと今日初めて知った。いおぴーさんは何度も何度も小さい滑り台を滑っている。この滑り台は高さがとうちゃんの背より低く、いおぴーさんも安心して遊べる。反対から昇ったり、腹ばいで滑ったりとやりたい放題。他に誰もいなかったので独占状態だ。

お昼になったのでそろそろ帰ろうと言うと、「いおちゃんあと1回でおしまいにするんだからね。そろそろ帰ろうって言わないで。わかった?」苦笑して待つとうちゃん。

午前中だけだけど久しぶりにいおぴーとたっぷり遊べて楽しかったよ。午後からは、とうちゃんは会社、shokoといおぴーは赤ちゃん交流会に出かけました。

2002年4月28日(日)

妙正寺公園

今日もshokoは午前中マッサージ。近所なので自転車で出かけていった。とうちゃんといおぴーは自転車がないので家で留守番のつもりだったが、いおぴーが「ママシ公園いこうよー」としつこい。ほんとは馬橋公園と言いたいのだが、マバシと上手く言えずママシ、あるいはマワシになってしまうのだ。

天気も良いことだし、部屋に閉じこもってるよりはと、とりあえず散歩に出かけることにする。しかしさすがに歩いて馬橋公園までは無理なので、今日は久しぶりに妙正寺公園へいってみようと思った。妙正寺公園はいおぴーがまだ歩けない頃、保育園へ行き始める前に、よくshokoと3人で行ったものだ。朝早くお弁当を持って妙正寺公園まで歩き(いおぴーは抱っこ)、公園でペタンク見物しながらお弁当を食べて、とうちゃんは公園から会社へ行くという、今から思えば非常に健全な生活をしていた。ずっと続けたいと思っていたが、いおぴーが保育園へ通うようになったら、とてもではないがそんなゆとりは無くなってしまい、その後、妙正寺公園へ行くこともないまま、現在に至っている。

いおぴーと歩く妙正寺公園はとても遠い。歩くのがゆっくりだし、興味あるもの(タンポポの綿毛とかヘビイチゴとかテントウ虫とか)を見つけると、いつまでも動かない。まあ、それが散歩というものだから、良いのか。

たっぷり時間をかけて(途中、肩車したりして)妙正寺公園に着く。いおぴーさんは初めての(実際には初めてではないのだが)公園に戸惑い気味。どっちに砂場やすべり台があるのか分からないので不安顔で「ここ公園?」と聞く。遊具などのある方へ連れて行ってやるとようやく安心したようで、「いおちゃんお砂であそぶ~」と駆け出した。

しばらく遊んでいたら、sanaさんに声をかけられる。先日マッサージの時に一度会っただけなのに、とうちゃんのこと良く憶えてるなと思ったが、いおぴーが目印だったのだろう。しかし実生活で「imasaさん」と呼ばれるのは、いまだに違和感があるな。

いおぴーは午前中いっぱい遊んで(アスレチックの滑り棒に挑戦したり、小学生たちのだるまさんがころんだに勝手に混じったり)、とうちゃんが帰ろうと言ってもまだ遊び足りない様子。しかたなく「おせんべ買いに行こう」というセリフで釣って公園を連れ出す。来週の保育園のおやつ用にせんべいを買わなければいけないので嘘ではないよ。でも、とりあえずせんべいは買わずまっすぐ家に帰る。家に着いたらちょうどshokoも帰ってきた。

「馬来風光美食」という名の中国風マレーシア料理の店に行った。

イポー出身の女性が料理を作っているらしい。今度ジリアンに教えてやろう。

化学調味料を一切使用せず、天然のハーブだけで調味していると書いてあった。4品ほど注文するが、どれも美味しかった。ちょっと量が多くて最後は苦しかったけど。

お店の人が「マレーシア料理は初めてですか」と聞いてきたので、shokoが「いえ、イポー出身の友人がいるのでイポーには3、4回行ったことがあります、この娘も一緒に行きました」と答えたら、すごく驚いていた。そしていおぴーが「美味しいです」と言うので嬉しそうだった。

なかなか良い店だ。また来よう。

2002年4月29日(月)

いおぴー託児

今日は祝日で保育園がお休みだというのに、shokoはクレニオセイクラルの講座、とうちゃんは会社に行かなければならないので、いおぴーさんの居場所が無い。頼みの綱のおばあちゃんにも用事があって預かってもらえない。shokoはどうしようと途方にくれていたが、託児施設を片端からあたって、何とかようやく預かってもらえるところを見つけた。

突然、朝の9時から夜8時近くまで見知らぬ場所ですごさなければならなくなったいおぴー。いおぴーに対してすごく可哀想な事をしている気になって、仕事が手につかないとうちゃん。いおぴー大丈夫だろうか・・・。

夜10時、とうちゃんが家に帰るといおぴーはぐっすり眠っていた。shokoに様子を聞いたら、朝別れる時も元気にバイバイしてくれて、迎えに行った時も楽しそうに出てきたそうだ。保育園の連絡票にも「泣くこともなく、ブロックなどで楽しく遊びました。しっかりしたお姉さんですね。ご飯もたくさん食べ、よくお昼寝もしました。お話も楽しかったですヨ」と書かれていた。

いおぴー、がんばってくれたようだ。勝手なとうちゃんとかあちゃんを恨みもせず。shokoはクレニオの講座がとても良かったようで、いおぴーに頑張ってもらった甲斐があったというもの。とうちゃんはこんな仕事さっさと辞めて、いおぴーとのんびり暮らすことを夢見るのだった。

赤ちゃん交流会で知り合った一家が、高知の山村に引っ越すらしいとshokoから聞いた。農業研修に参加するという。とてもきれいな良い所だそうだ。うらやましいなあ。

とうちゃんもそんな田舎で暮らしたい。ブロードバンドさえあれば…、と思う時点でダメぽいが。そもそもとうちゃんに農業は務まらないし。考えたらshokoだって、田舎でマッサージ業は成り立たないだろう。都会で生きていけということか。

2002年4月30日(火)

ダウン寸前

どうやら風邪をひいてしまったようで、喉がヒリヒリ、体が熱っぽく、頭痛もひどい。明日は絶対休めない仕事状況なので、今日はいつもより2時間ばかり早く帰ることにする。

母からの手紙

うちの母親からshoko宛てに手紙が来た。相変わらず弟の嫁と上手くいっていないらしく、shokoに助言を求める文面。shokoに対しては全面的に感謝と共感の念を抱いているようだ。

しかしshokoは、弟の嫁が変わる必要はないのだから、母自身が変わらない限りどうしようもないという意見。そうだろうか。いやそれ以前に、母が求めているのはただ自分を肯定してくれる存在であって、それがshokoなのだ。だから正論の解答などはこの際無意味で、問題はshokoが母にどう対するかだけ。と思うのだがshokoが冷たい言い方をするものだから、ついこちらも皮肉な言い方をしてしまい、よけいshokoを怒らせてしまう。とうちゃんただでさえ熱でボーっとしてるのに、感情的にあれこれ言われても。



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