平成11年11月11日生まれ(10歳になりました!)の我が娘を語る親ばかサイトです。

子育てを通して父と母が思ったことや学んだことなどをちょっとずつ紹介していきます。

1999年3月アーカイブ

1999年3月22日(月)

妊娠判明

とにかく、死ぬほど忙しかったのだ。何せこの3ヶ月、正月2日と2月に2日休んだきり、あとは会社に出ずっぱり、帰宅は毎日0時過ぎ。そんな生活に不満のShokoは一人でマレーシア旅行を計画している。それもまあ仕方ない、むしろこっちも気が楽なのでせいぜい楽しんできてくれよといった感じだった。そんなある日、いつものように深夜帰宅すると、これまたいつものように彼女はすでにベッドの中。しかし「お帰り」に続く言葉はいつもと違った。

「妊娠したよ」

一瞬固まったが、疲れで反応が鈍っているせいか大して驚きもせず、「何で判ったの?」と尋ねる。病院で確認したわけではなく、妊娠判定薬を使った結果らしい。妊娠判定薬の的中精度がどんなものか知らないが、何となくせいぜい50%くらいなモノとその時は思ったので、宝くじを買っただけで当たった気になるのと同じくらい早まってるなコイツと思いつつも、「とりあえず病院行かなきゃ」と無難なせりふを吐いておく。実際、明後日には旅行に出発の予定だから、その前にはっきりさせた方がいいに決まっている。とにかく眠いのだ。後は明日にしてくれ。しかし当然のように彼女は続ける。 「どうする?」 我々の生活に子供は必要ないということでこれまでのところ意見は一致していたが、彼女の中では一度は子供を生みたいという気持ちもあったろうから、どうすると言われてもむげに要らないと言う訳にもいくまい。僕は基本的に常に前向きがポリシーなので、本当に妊娠しているのならそれはめでたい!という気持ちに瞬時に切り替えられる準備はあったが、ここで手放しで歓ぶのもしらじらしい。彼女の機嫌を損ねない、何か気の利いたことを言わねば、と考え、生まれるとしていつ頃になるのだろうとすばやく計算する。できたのが2月として9ヵ月後だから… 「せっかくだから平成11年11月11日に産もうか」

その後ほんとに産むの云々といった会話が続いたように思うがもうよく憶えていない。自分的には平成11年11月11日というのがかなり気に入って、ほんとにそうなるといいなあなどと思いつつ眠りについたのだった。

1999年3月23日(火)

旅行キャンセル

翌日、いつものように帰宅は深夜。そして彼女の第一声は、

「最悪」

何がどう最悪なのかを聞いてみると、とりあえず今日近所の東京衛生病院に行って診察を受けたらしい。この病院の産婦人科はその筋では有名のようで、そう言われればよくそこの通りを妊婦が歩いているのを見かける。担当はジイ様の先生で、診断の結果やはり妊娠しているとのことだった。予定日は11月10日。惜しい。そこまではよかったが、ジイ様先生曰く、

「切迫流産しかかっている。4週間は自宅で安静にするように」

これにはちょっと動揺したが、まあなるようにしかならんとすぐに思う。それよりも彼女にとっての「最悪」は明日出発のはずだったマレーシア旅行をキャンセルするはめになったことらしい。

エコー写真(03.23)@東京衛生病院

1999年3月24日(水)

病院選び

とりあえず旅行はキャンセルし、当分自宅でおとなしくしていることにしたものの、彼女的には衛生病院のジイ様先生がどうにも納得いかないらしく、インターネットで色々調べた結果、近所にAクリニックという個人の産院があり、そこは家庭的な雰囲気で水中出産とかもやっていてしかも出産費用も衛生病院よりもかなり安くつくらしいということが判ったので、そっちに行こうかしらなどと言う。確かに費用は安いに越したことはないが、それよりも医者の言いなりになる環境というのが気に入らないので、ここはひとつ、病院のハシゴをしてでも自分で納得できる環境を手に入れるのが大切じゃなかろうかとそのAクリニックへいくことを積極的に勧める。

そうしてShokoは早速翌日Aクリニックへ行ったのだったが、結果から言うとこれは正解だったようだ。Aクリニックの先生は若くて(といっても40代?)真面目そうなタイプで、診察内容を丁寧に説明してくれ、非常に好感が持てたそうだ。建物もこじんまりしているがセンスが良く、彼女の気に入ったらしい。

肝心の診断だが、A先生の診断では、切迫流産の心配もあるにはあるが深刻なものではなく、普通に生活する分には大丈夫とのことだった。 やはり医者のスタンスで患者への指示も随分と異なるということが判り、それだけでもハシゴした価値はあったというものだが、実は何を隠そう、もっと意外な収穫があったのだった。

驚くべき偶然というべきか、神のお導きというべきか(私は無神論者ですからあくまでも比喩です)、Aクリニックで診察を受けたときその場にいた看護婦さんが、何とShokoの高校時代の同級生だったのだ。 「あら、あなたはもしや・・・」 と、診察台に横たわったままの間抜けな格好で18年ぶりの再会を果たしたのだそうである。 想像するだに滑稽である。 麻由美さん(その看護婦さん)は、フリーの助産婦さんで、Aクリニックには非常勤で来ているらしい。3人の子持ちだそうである。大先輩だ。

診察の後、お茶しながらいろいろ話を聞いて、すっかりAクリニックに乗り換える気になる彼女だった。衛生病院に不服があるわけではないが、こういうこともあるからね、やはり病院選びは積極的に、納得のいく所を見つけようとする心がけが必要なのだと思う次第であります。

エコー写真(03.24)@Aクリニック まだ9mmしか無いらしい。



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